ソーシャルアクションラボ

2022.11.24

濁流がのみ込んだ温泉宿、再起へ SNSきっかけに支援集まる

 9月下旬に静岡県を襲った台風15号による記録的大雨で、屋内が濁流にのみ込まれる様子をツイッターで発信した静岡市葵区の「油山(ゆやま)温泉元湯館」が、再出発へ歩み始めた。土砂は大浴場の天井近くに達したままで、建物は傷みがひどいが、なじみの客らに励まされてクラウドファンディング(CF)で資金集めを開始した。経営する40代の夫婦は「支援していただいた方々にどんなお返しができるのかが楽しみ」と、一歩ずつ前へ進もうとしている。【皆川真仁】

あちこちから水 2階には宿泊客

 静岡市中心部から車で30分ほど北上すると、山々が紅葉し色づいている。「年末年始にかけて、いつもは観光客がたくさん来てくれるのに……」。元湯館を営む海野(うんの)博揮さん(40)は悔しがる。

 1964年に開業した旅館の3代目。コロナ禍で団体客が落ち込む中、祖母と父が守ってきた旅館の改装を決意し、昨年11月に「飼い犬と一緒に泊まれる旅館」として再出発した。そのさなかの台風だった。

 9月24日未明、元湯館のそばを流れる油山川が氾濫した。気がつくと、濁流があちこちから館内に流れ込んでいた。その光景を撮影し、ツイッターに投稿した。「とにかく必死だった」ためか、記憶ははっきりしない。ただ、2階にいた宿泊客4人と飼い犬3匹の救出につなげたい一心だった。消防には連絡がつながったが、惨状をよりリアルに発信したいと考えたという。

 「(濁流に)足を滑らせたら死んでしまう」。危険を感じながらも海野さんと妻の加奈子さん(41)は火災が起きないよう、重さ100キロのガスボンベを慎重に屋外に運び出した。宿泊客と飼い犬にけがはなく、消防のヘリコプターに翌朝救出された。しかし、海野さんが幼い頃によく遊んだ大浴場をはじめ、1階はフロントも食堂も泥だらけ。建物に面した駐車場や道路も、土砂と流木に埋まっていた。

油山温泉の名、残したい

 「また泊まらせてください」。再建を諦めかけた夫妻に、利用客からたくさんの応援が電話とSNS(ネット交流サービス)で寄せられた。2019年秋の台風19号で被災した長野県のリンゴ農家から「私たちも被害に遭ったけど、いま立ち直ってやっています」というメッセージとリンゴが届けられたこともあった。

 窮地に立ったことで家族の絆も深まった。中学2年の長女、小学2年の長男と食卓を囲む機会が増えた。加奈子さんは「子供たちの成長をきちんと感じて、丁寧に日々暮らしたい」。授業参観に初めて出かけたという海野さんは「今この瞬間を大切に生きていきたいと強く思うようになった」と言う。

 源泉に山積した土砂を取り除くため、SNSで元湯館の惨状を知ったボランティアの協力で10月上旬からCFを始めた(サイトはhttps://camp-fire.jp/projects/view/630834)。11月30日まで受け付けているが、23日時点で目標を上回る500万円超が集まった。「思い出がいっぱいある元湯館、頑張ってください」「災害なんかに負けないで」。コメントの一つ一つに、海野さんは「人の優しさをすごくありがたく感じられるようになりました」とほほ笑む。

 元湯館の周辺では土砂・流木の撤去や、油山川の復旧作業が徐々に進んでいる。2次災害の危険性もあり、館内の土砂の撤去は川の復旧作業後になる見通しだ。建物は基礎の傷みがひどく、現地で建て替えるか、別の場所でやり直すか考えなければならない。営業再開への道は始まったばかりだが、海野さんは「さまざまな人とふれあう旅館の仕事が大好きで、『油山温泉』という名前を残したい」と力を込めた。

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