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2022.12.15

大切なのは「99回の素振り」 後発地震注意情報16日スタート

 北海道と東北沖の日本海溝・千島海溝沿いで発生が懸念される巨大地震に備えようと、政府による「北海道・三陸沖後発地震注意情報」の運用が16日に始まる。マグニチュード(M)7以上の地震が発生した場合、さらに大きな「後発地震」が起こる恐れがあるとして、関係地域の住民らに対し、1週間にわたり注意を呼びかける。実際に大きな後発地震が発生する確率は100回に1回程度とされるが、政府は「『空振り』ではなく『素振り』と捉えて」と主張し、注意情報の活用を求めている。「素振り」の意味とは――。

「101回目も必ず逃げて」

 <後発地震が起こらなかった場合でも、国民一人一人がこれを「空振り」と捉えるのではなく、いつか発生する巨大地震への備えの徹底や防災意識の向上につながる予行演習としての「素振り」と捉える>

 内閣府は11月に公表した防災対応ガイドライン(指針)で、注意情報の発表を踏まえた防災対応について、こうした考え方を示した。素振りを防災上のキーワードとして提唱したのは京都大防災研究所の矢守克也教授(防災心理学)だという。こうした言い回しは、数年前から防災の専門家らの間で広まっている。

 例えば大雨や台風などの際、市町村が避難指示などを出して避難を呼びかけても、実際に災害が起きるとは限らない。「注意の呼びかけがあってもどうせ空振りだろう」「たぶん被害は起こらないはず」と考えてしまうと、非常時に逃げ遅れかねない。

 こうした逃げ遅れを少しでも減らすにはどうすればいいのか。矢守教授がヒントにしたのは、2011年の東日本大震災で津波の被害を受けた岩手県釜石市唐丹(とうに)町地区で見かけた石碑だった。

 「100回逃げて、100回来なくても、101回目も必ず逃げて」。震災後に地元の小中学生が刻んだメッセージの一つが印象的だったという。昔から度々、津波に見舞われてきた岩手県などの三陸地方には、大きな揺れを感じたらすぐに高台へ逃げるという先人の教えがある。震災を経験した子供たちは、空振りをいとわずに何度でも避難するよう、自分たちの言葉を残したのだ。

 このメッセージを知った矢守教授は「『骨折り損のくたびれもうけ』では避難行動は長続きしない。プラスに位置づけたい」と考え、17年ごろから講演会や学会などで「空振りではなく素振りと考えよう」と呼びかけるようになった。「野球は練習で素振りをしないと肝心な時にホームランを打てない。仮に被害がなかったとしても本番さながらの練習と捉えてほしい」とも。平易な言葉で避難の大切さを訴え続けている。

 素振りにはメリットもある。矢守教授は「避難を何度も経験していると、例えば避難所に逃げたら寒かったから車に毛布を積んでおこう、というように次に備えるようになる。非常に良い学習をもたらす」と力を込める。

 18年の西日本豪雨では、釜石市の石碑にあるメッセージを地で行くかのように避難し、事なきを得た人がいる。京都府綾部市の山間地で暮らす当時91歳の女性は、土砂崩れで自宅が被害に遭ったものの、離れた場所に暮らす家族が迎えに来て無事に避難できた。女性はそれまでの5年間で、大雨の際に、実際に自宅は無事だったにもかかわらず、約20回避難してきた。

 とはいえ、いつか起きる1回のための「99回の素振り」を負担に感じる人もいる。こうした人に対し、矢守教授は「セカンドベスト」という考え方を提案する。100点満点の防災対策を追求するのではなく「次善の策」を講じることだ。「普段は2階や奥の部屋で寝ているのであれば、すぐ逃げられるよう、玄関に近くて外に出やすい部屋で寝てみる。何もしないよりはその方が、はるかに命を守る可能性を高められる」と強調する。

注意情報が発表されたら…

 16日正午から運用が始まる「北海道・三陸沖後発地震注意情報」は、日本海溝・千島海溝周辺でM7以上の地震が発生してから約2時間後に気象庁が発表する。気象庁は内閣府と合同で記者会見を開き、震度6弱以上の揺れや高さ3メートル以上の津波が予想される北海道から千葉県までの7道県182市町村の住民などに対し、1週間は揺れの大きな後発地震に注意するよう呼びかける。

 具体的には、すぐに逃げられる服装で寝たり、水や食料などの備蓄を多めに確保したりするなど「日常の備え」を確認するよう住民に促す。市町村は避難場所を点検したり、高齢者や障害者など在宅の要配慮者を迅速に避難させる体制について消防団や自主防災組織などと再確認したりする。

 日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震の被害想定では最悪の場合、約19万9000人が死亡すると試算されている。11年の東日本大震災が発生した3月11日の2日前に「前震」が起こっていたことなどから、政府は注意情報により被害を少しでも減らしたい考えだ。

 内閣府によると、世界各地の事例で、M8級以上の後発地震が発生したのは、先にM7以上の地震が発生した場合が100回に1回程度、先の地震がM8以上だった場合は10回に1回程度で、いずれも確率が高いとはいえない。必ずしも後発地震が発生するとは限らないため、住民には後発地震に備えた事前避難は求めない。また、気象庁が過去の地震発生状況を分析したところ、注意情報の発表頻度は2年に1回程度とされている。

 後発地震への注意や警戒を呼びかける取り組みとしては、東海沖から九州沖にかけての震源域で発生が懸念される「南海トラフ巨大地震」に関する「臨時情報」が既に運用されている。この地震に関する指針によると、想定震源域でM6・8以上の地震が発生するなどした際、地震の規模により事前避難を呼びかけることがある。【安藤いく子】

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