ソーシャルアクションラボ

2022.12.21

研究テーマは性適合と健康 トランスジェンダーの大学院生が歩む道

 生まれつきの性別と性自認が異なるトランスジェンダーの人が、性別適合手術や治療を受けるのは、珍しいことではない。ただ、手術や治療の健康への影響や対処法については十分に知られていない。そうした分野での研究に力を入れるのが、日本体育大学の大学院生、山田満月(みづき)さん(30)だ。自身もトランスジェンダーの当事者で、幼いころから「女性であること」に違和感を持っていたが、高校時代に同級生からかけられたある言葉で自信がもてるようになったという。現在の研究に至るまで、山田さんがたどった道のりは……。

 山田さんは生まれつきの性別は女性、性自認は男性のトランスジェンダー男性で、恋愛対象は女性だ。最初に違和感を覚えたのは4、5歳のころ。「自分は男だと思っているけど体は違う。そこにずっと違和感があった」。トイレの仕方や男女で異なる水着にも「なんでだろう」と感じていたが、利き手ではない手で書いているような感覚で、深くは考えていなかったという。

 高校まで新潟市で育ち、小学生当時、遊ぶ友達は男子ばかり。Jリーグや日韓ワールドカップを見てどんどんサッカーが好きになり、自宅近くの神社でボールを蹴る毎日を送った。学年が上がるにつれプールの授業で着る女子用の水着に「嫌な気持ち」がしたが、「どうしようもない」と無力感を覚えた。中学校では女子生徒はジャンパースカートの制服だったが、登校後はジャージーに着替えて過ごすことができた。

 転機は高校1年の時に訪れた。中学の柔道部時代に顔見知りだった同級生から「好きな人って男? それとも女?」と聞かれた。それまでも少し会話はあり、互いに気になる存在だったという。その同級生に「自分たちはそういう(トランスジェンダー男性)タイプだと思うんだよね」と言われたり、関連する知識を聞いたりするうちに、それまで抱いてきた「どうしようもない違和感」の正体が分かった。仲間がいることに「ほっとした」。以前は「これで生きるしかない」と割り切っていたが、「手術で性別を変えられることを知り、いずれそれを選択すればいいのかな」と思えるようになった。普段から堂々とした同級生の振る舞いに「自分はそのままでいい」と感じられた。

 日体大では高校時代に続いてサッカー部に所属。女子サッカー界では性的少数者の選手が比較的多くいたといい、「偏見や特別扱いされることもなかった。いい意味で自己中心的。みんな自分しか見ていなかった」。自分らしさを否定することなく、大学生活を送れたという。

 21、22歳のころ、帰省した時「ポロッと」父親にトランスジェンダー男性であることを告げたが、「何を今更」という感じで気にすることもなかったという。「周りに恵まれていたし、自分が楽観的に考える性格なので救われている」と話す。現在交際している女性とは、山田さんが性別変更をしたうえで結婚を考えている。

 体育科学を専攻する山田さんは現在、女性から男性への性別適合手術やホルモン治療の影響で悪化した健康状態を、運動を通じて改善する方法について研究している。

 以前は女性アスリートの月経周期などを研究テーマにしていた。今の研究をするようになったのは、トランスジェンダー男性の友人や同級生の多くがホルモン治療後の健康状態に悩んでいることを知ったためだ。「男性ホルモンを投与した場合、コレステロールや中性脂肪の値が悪くなると多くの論文で指摘されている。放置すると心不全や心筋梗塞(こうそく)につながる恐れがあり、心血管疾患予防のガイドラインで推奨されている運動に着目した」

 ただ、ホルモン補充をしているトランスジェンダー男性に対し、どのような運動をすれば効果的かは詳しく分かっていないという。2021年から始めた実験では、一般男女と1年以上ホルモン治療をしているトランスジェンダー男性の各12人を対象に、ジョギング前後の血中データなどを採取している。「自分も将来、(性別変更の)手術を受ける可能性がある。研究を通してホルモン治療後の健康の改善につなげたい」と考えている。

 また、トランスジェンダーのアスリートがホルモン治療や性別適合手術を受けた場合、パフォーマンスにどう影響するかも研究課題として視野に入れている。昨年の東京オリンピック・重量挙げ女子87キロ超級には、男性から女性への性別変更を公表したローレル・ハバード選手(ニュージーランド)が五輪史上、初めて出場した。山田さんは「本当は女性として生まれて女性として出場したかったはず」と話す。気持ちが分かるからこそ、研究者としてトランスジェンダーアスリートの一助になりたいと願う。

 山田さんを指導する須永美歌子教授(運動生理学)は「マイノリティーの方でないと発見できないテーマがあると思うので、どんな人の役に立ちたいかをイメージして研究に取り組んでもらいたい」とエールを送る。

 性の概念について山田さんは「男女と横並びでLGBTQというカテゴリーがあると意識してほしい」と話す。多様性が認められる社会を目指し、主観と客観を併せ持つ研究者が歩みを進めている。【大西岳彦】

関連記事