2023.02.23
支え合う「きょうだい児」に光 期待に応え続ける重荷下ろして

「きょうだい児」と呼ばれる人たちを知っていますか――。身体や知的、精神の障害などがある兄弟姉妹がいる人のことで、成人も含まれるため「きょうだい」とも呼ばれる。子どもの頃から兄弟姉妹の世話をする「ヤングケアラー」となったり、障害に関する差別や偏見にさらされたりと困難や悩みを抱える人が多く、近年その存在に光が当たり始めている。これまで「支える側」と捉えられ、支援の網からこぼれ落ちてきた「きょうだい児」。支え合いの現場から考えた。
誰にも言えないきょうだいへの思い
「子どもの頃、家に友人を呼べなかった。親にダメだって言われて」。2022年11月、京都市内の喫茶店で大学生の男性(22)が語り始めた。きょうだい児らでつくる自助グループ「京都きょうだい会」の例会。40年前から活動し、奇数月に集まってお茶や軽食を取りながら率直に思いを語り合う。男性はインターネットテレビの番組で「きょうだい」という言葉を知ったのをきっかけに、同年7月に初めて例会に参加したという。この日は20~70代の男女9人が集まった。
男性の5歳上の姉には難病による運動障害や知的障害がある。自宅に友人を招くのを禁じられたことについて両親から説明はなかったが、「姉がいるからだろう」とうすうす察していた。姉の世話は両親が主に担っており、「勉強や部活は自由にさせてくれた」という。しかし、「自分のことは自分でやりなさい」と言われ、「親に迷惑をかけてはいけない」と感じながら育った。
「姉がいるから」という思いは人生のさまざまな場面で頭をもたげてきた。大学進学では上京や下宿を希望していたが親に反対されて諦めた。今は京都の大学に往復約4時間かけて通う。将来も姉の存在抜きには考えられない。姉は機嫌を損ねると家の駐車場に座り込んで動かなくなることもある。両親は姉を施設に入れることに消極的といい、「もし自分だけで姉を見るとなると、どうすればいいか」と例会で悩みを口にした。
うなずきながら聞いていた参加者は、「就職では家を離れようと思う」と話す男性に「一度出てみるのがいいよ」と賛同した。障害のある子を持つ親の立場で参加していた男性は、家に友達を呼べなかった話に「親御さんの気持ちもわかる。うちの長男も(知らない人が来て)機嫌が悪くなると自傷がひどくなるので」と両親に思いを寄せた。
当事者団体の全国組織「全国障害者とともに歩む兄弟姉妹の会」(略称・全国きょうだいの会)が19年に会員らを対象に実施したアンケート(22年3月公表)では、その生きづらさが浮かび上がる。10歳未満~70歳以上の男女165人の回答には「家族にきょうだいの世話を望まれ、居住地や進路を自由に決めにくい」「交際相手の両親に、面と向かってではないが『子どもに遺伝する』と言われ結婚を断られた」など悲痛な訴えが並ぶ。他にも「学生時代に同級生がきょうだいの悪口を言ってきた」など周囲の環境による悩みが多い。不登校の経験がある人は21人で、回答者の約13%に達した。
「弱音を吐けず、苦しかった」。京都きょうだい会の例会で、進行性の難病と重度の知的障害がある2歳上の兄がいる50代女性は振り返った。兄が20代で自発呼吸できなくなってから20年以上、家族で介護してきた。自身の仕事と入退院を繰り返す兄のサポート、高齢の親の世話。重い負担につらさを口にすると、親には「育て方を間違えた」と怒られた。周囲にも「しんどいのはお兄ちゃんでしょう。あなたは何がしんどいの」と言われた。
「周りの期待に応え続けるうち、自分は何がしたいかわからなくなった」。女性が会のことを知ったのは4年前。「会で自分の気持ちを話すと、つらかった思いが解放される」。2年前に兄は亡くなったが、その後も会に参加し続け、「徐々に肩の荷を下ろしている」という。
若年層の「きょうだい児」への支援
支援団体などによると、京都きょうだい会のような自助グループや支援団体は全国で50団体ほどあるとみられ、SNS(ネット交流サービス)を用いたきょうだい同士の交流や電話相談などの支援も行われている。しかし、子どものきょうだい児を対象に支援している団体は少ない。大阪を拠点に小中学生のきょうだい児を対象にしたイベントなどを開いているNPO法人「しぶたね」の清田悠代(ひさよ)理事長(46)は「全国的に子ども向けの活動をしている団体が少ないので、関東地方や三重県など遠方から参加する人もいる」と話す。
自身もきょうだい児で「北陸きょうだい会」を運営する北陸学院大講師の松本理沙さん(37)も幼少期からの支援の重要性を訴える。幼い頃、外で急に走り出す事もある弟と仲良くできないことに罪悪感があり、自己肯定感を持てなかったという。「他の当事者や、悩みを話せる大人と出会える場があれば違ったが、きょうだい会の存在を知ったのは大人になってから。子どもでもアクセスできる環境が必要だ」と指摘する。
親亡き後も見据えた支援を
「幼少期からの支援に加え、親亡き後のサポートも欠かせない」と松本さんは訴える。主催するインターネット上のきょうだい会「Sibkoto(シブコト)」が22年に行ったアンケートでは「どんなことで悩んでいるか」との質問に対し、全ての年代で「親が亡くなった後」が挙がった。全国きょうだいの会のアンケートでも「本人が自立して生活し、家族と交流する、普通の生活ができる社会になってほしい」「重度障害のグループホームなど高齢の障害者のための入所施設を充実してほしい」との声が見られた。松本さんは「病状の進行などにより医療的ケアが必要になった場合、退所を求めるグループホームもあり、支援態勢は十分とは言えない」と指摘する。
20年3月に厚生労働省の事業でまとめられた調査に「きょうだい児」という言葉が使われた。障害児のきょうだいも対象に含めた厚労省事業の調査はこれまでにほとんどなく、その後、きょうだい児に関する認知度や関心が高まり始めている。長年その生きづらさが見過ごされてきたが、ようやく光が当たり始めた「きょうだい児」。幼少期から親亡き後まで幅広い支援実現につながることが期待される。【国本ようこ】
漫画で考える「きょうだい児」
知的障害のある妹との実体験を踏まえ、きょうだい児の葛藤を描いた漫画「血の間隔」の作者、吉田薫さん(37)は「周りに相談する相手がおらず、それが妹と距離を置く原因の一つになった」ときょうだい児の置かれた難しい境遇をこう語る。
作中で、小学生の主人公は、特別支援学級に通う妹の担任から「(妹が)おもらししてしまったので一緒に帰って」と頼まれる。級友に妹の存在を知られて絶望し、「なぜ俺の妹は普通ではないのか」と妹を蹴ってしまう。
このエピソードは実体験そのものといい、吉田さんは当時を「先生に悪気はなかったけど、僕はその時の恥ずかしさや憤りの感情をそのまま妹に向けてしまった」と振り返る。その後、吉田さんは長く、妹と距離を置くようになったが、2016年に相模原市で起きた津久井やまゆり園事件が転機になった。障害者への差別的な思想から凶行に及んだ事件に触れ、妹との過去がフラッシュバック。「単なる兄妹げんかと記憶していたが、そうじゃなかった」と気づき、「妹が障害者と級友に知られれば、いじめられる」と恐れていた思いが胸によみがえった。
妹に一方的な感情をぶつけ、長く遠ざけてきた自分の振る舞いを後悔し、以来、実家のある福井で暮らす妹と帰省する度に積極的にコミュニケーションを取るようになった。それまで「なんでこんなことがわからないんだろう」と思いながら聞いていた妹の話を、「こういうことを伝えたいんだろうな」と寄り添って聞くようにしたら、徐々に距離が縮まったという。作品では、そうした体験や葛藤する思いを赤裸々に描いた。
きょうだい児について「悩んでいる方は本当に多いと思う」と語る吉田さん。「『血の間隔』はきょうだいや家族と距離を縮めようと努力する話ですが、無理にそうしなくてもいい」と語り、「僕の家族は、漫画で描いたような(妹と共に過ごす)選択が正しかったと思うけど、きょうだいを施設に入れることで自分を保てるなら、それも最良の選択。どういう立ち位置、どういう距離で過ごすのかを、家族と向きあって結論を出すことが大事だと思う。漫画が考えるきっかけになればうれしい」とエールを送る。
きょうだい児支援の主な相談窓口
・全国障害者とともに歩む兄弟姉妹の会
03・5634・8790(ただし、常駐していないためメール<jimu@kyoudaikai.com>での連絡が望ましい)
・NPO法人「しぶたね」
※自治体の障害福祉担当課や保健所、福祉事務所などの相談窓口で相談できる場合もあるが、統一的な公的窓口は定まっていない。
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