2023.02.27
障害のある子どもと一体でスキー 兵庫のユニバーサルツーリズム

雪に覆われた兵庫県北部、香美町のスキー場に時折、青空が広がる。障害のある子どもたちが2本のスキー板と一体になった椅子に座り、大勢のスキーヤー、スノーボーダーと一緒にシュプールを描く。見守る親たちは同じ思いだった。「こんな日が来るとは思わなかった」
日本海側に雪が降り積もった1月、西宮市内の2家族が香美町小代(おじろ)区のおじろスキー場を訪ねた。それぞれの家族の小学3年の長女、小学2年の長男は重い知的障害があり特別支援学校に通う。ソリ遊びの経験はあるが、動きが安定せず、ゲレンデは見上げる場所だった。
今回のゲレンデ体験は着座式の「デュアルスキー」で実現した。2本のスキー板の上に太ももから上を包み込む椅子が取り付けられ、民間団体の資格を持つ上級スキーヤーが後方から操縦する。主催したのは豊岡市出石町の一般社団法人「INCREW(インクルー)」。年齢や障害の有無にかかわらず誰もが気兼ねなく、旅や自然を楽しめるユニバーサルツーリズムの普及を目指している。デュアルスキーの操縦資格者は近畿地方ではまだ少なく2人だけだという。
家族4人で滑ることができた
1~2月の3日間、家族らと訪れた障害のある6人が初めてゲレンデを滑った。リフトの乗り降りは座ったままで、到達地点は山々を遠くに望む標高約780メートル。操縦者が体験者の様子や、眼下のゲレンデに点在する滑走者に注意を払って、大きなS字をゆっくり描きながら滑り降りる。
両手を大きく広げる仕草をみせる小学3年の長女を見ていた両親は「ゲレンデで大勢の人の中で一緒に滑っている。涙が出るほどうれしい」。スノーボードに長年親しんできた小学2年の長男の父親(43)は「僕が2歳の次男を抱き、家族4人で滑ることができた」とかみしめるように語った。
2月には電動車いすを利用する2人が体験した。姫路市の近藤司さん(26)は「とても貴重な体験で最高の気分。ちょっとでも興味があったらこの楽しさを体験してほしい」と呼びかける。
「楽しめるのかな?」と半信半疑だった京都府の中学1年、井ノ口慎さんは「一面の銀世界で気分爽快。また来たい」と名残惜しそうだった。スノーボードで伴走した母良子さん(44)も同様に「一緒に滑られるとは思ってもいなかった。夢のよう」と喜んだ。
今回、操縦した養父市の元特別支援学校教員、岡田絵美さん(42)は「子どもたちのいろいろな表情が見られてうれしい。誰にでも家族や友達と一緒に滑る楽しさを味わってもらいたい」と話した。
特化した全国初の条例制定へ
少子高齢化と共に高齢者、障害者の増加傾向を見込む県は、ユニバーサルツーリズムに特化した全国初という4月施行の条例制定に取り組む。同行した観光施策に詳しい芸術文化観光専門職大学(豊岡市)の中村敏助教は「介助者も含めればグループの人数は少なくない。スキーの場合、リフトや食事、さらに宿泊も加われば、経済的な波及もある」と対応の広がりに期待を込めた。
インクルー代表理事の西田紫乃(しの)さん(51)は「思っていた以上に喜んでもらえた」といい、手応えをバネに「旅程のすべてを私たちの団体だけでは担えない。人材を持つ団体同士が連携しやすい仕組みも大切。どんどん取り組んでみたい」と話す。
小学2年の長男と滑った母親(40)は「滑走中、『顔を見て一緒に滑ってあげてください』と勧められて顔を見ながら滑ったら、本当に一緒に滑っている気持ちになって…」と、感激した様子で語った。年齢や障害の有無で諦めた末の行けるところではなく、胸躍るような「行きたいところに行く」。インクルーが目指すユニバーサルツーリズムの形という。【浜本年弘】
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