ソーシャルアクションラボ

2023.02.27

聴覚障害児の死亡事故 「逸失利益」は健聴者の85% 大阪地裁

 聴覚支援学校に通っていた女児(当時11歳)が重機にはねられて死亡した事故を巡り、遺族が運転手らに計約6100万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、大阪地裁は27日、約3770万円の支払いを命じた。女児が将来得られたはずの収入「逸失利益」について、武田瑞佳裁判長は「さまざまな手段や技術で聴覚障害によるコミュニケーションへの影響を小さくできた」とし、全労働者の平均年収の85%に相当すると判断した。

 事故は2018年2月、大阪市生野区の大阪府立生野聴覚支援学校前の交差点で起きた。下校中に信号待ちをしていた同校小学部5年の井出安優香(あゆか)さんが、暴走した重機にはねられて死亡した。両親らは20年1月、重機を運転していた男性(40)と当時の勤務先を相手取り提訴した。

 争点は、生まれつき難聴だった安優香さんの逸失利益をどう評価するかだった。

 判決は、安優香さんが幼少期から発音の練習に励んだ結果、長文での会話もできるようになっていたと指摘。学習意欲があったことも踏まえて「将来さまざまな就労の可能性があった」とした。一方で、聴力を考慮すると「就労の上で他者とのコミュニケーションが制限されることは否定できない」とし、全労働者の平均年収(497万円)を基に逸失利益を算出すべきだとする遺族側の訴えは認めなかった。

 安優香さんが亡くなった18年の厚生労働省調査で、週30時間以上働く聴覚障害者の平均月収は全労働者平均の約7割。被告側は、こうしたデータを基礎に逸失利益を算出すべきだと主張していた。武田裁判長は音声認識アプリなどの普及によって聴覚障害の就労に及ぼす影響が小さくなっていき、将来の収入は18年の調査時点よりも高額になるとの見通しを示し、全労働者平均年収の85%(422万円)が相当だと結論付けた。

 判決後、大阪市内で記者会見した両親は「娘の11年間の努力が認めてもらえず、悔しい」と訴えた。父努さん(50)は「裁判所は差別を認めたんだと思うと残念だ」と語り、母さつ美さん(51)は「障害を持って生まれたからこそ、健常者の子より何倍も努力していた。障害があるだけで社会に努力を認めてもらえないんでしょうか」と涙を流した。【安元久美子】

障害児の逸失利益 見直し進む

 障害児の逸失利益を巡っては近年、障害者雇用の推進やITの向上による就労環境の改善を背景に、健常者に近い形で認められる司法判断が相次ぐ。

 逸失利益は損害賠償額を算出する柱の一つ。交通事故などで亡くなったり、重い障害を負ったりした人が将来得られたはずの収入を示し、「命の価値」にも例えられる。働いていない子供の場合は厚生労働省のデータなどが活用され、就労が可能な年数を考慮して算出されることが多いが、障害児の場合は健常者よりも低く認定されている。

 こうした中、名古屋地裁は2021年、交通事故で亡くなった聴覚障害のある国立大1年の男性(18)について、逸失利益を大卒男性の平均年収の9割が相当と判断。判決は「聴覚障害がある以上、職業選択の幅に一定の制約があった」としつつ、同じ大学の出身者が大企業などに就職していることや、IT機器の発達で就労環境の整備が期待されることなどを考慮した。

 高校時代の交通事故で重い障害を負った全盲の女性の民事裁判では、2審・広島高裁が21年に「潜在的な稼働能力を発揮して健常者と同様の賃金条件で就労する可能性が相当あった」と指摘。全労働者の平均年収の7割を基礎に逸失利益を算出した1審判決を変更し、平均年収の8割に増額した。【安元久美子】

同等にならないことが問題

 吉村良一・立命館大名誉教授(民法)の話 残念な判決と言わざるを得ない。裁判所は女児の学力やテクノロジーの発達を認めているのに減額した。10年前に比べると、障害のある子の逸失利益の算出方法が健常者と同水準に近づいている。まだ同等になっていないことが問題で、裁判所は差別や偏見を払拭(ふっしょく)する判断を進んで示すべきだった。

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