2018.06.08
心の元気度、SOS授業、通報アプリ……学校でのいじめへの取り組み①
学校でのいじめは潜在化しやすく、教師が気づきにくい側面もある。学校の教員だけでなく、教育委員会やスクールカウンセラーといった幅広い大人の関わりが「いじめの芽」を見つけて対応することにつながる。名古屋市などの事例を紹介する。【岡礼子】
子供の「心の元気度をチェック」相談相手「スクールカウンセラー」を増員これなら話しやすい「匿名通報システム」を導入
【名古屋市】簡単チェックリストで、子供が心の状態を表現する手段を
「いつも退屈だ」「こころから笑えることがない」。小中学生に、自分の気持ちを見つめる機会を持ってもらおうと、名古屋市教委が取り組んでいるのは「気づいてる? こころのSOS」の授業と、「こころの元気(おつかれ度)チェックリスト」だ。同市は中学校を中心にスクールカウンセラー(SC)など専門職員の配置を進めており、教員と協力して、児童、生徒が大人に相談するよう促している。
◇自分の不安を表現できない子供たち
同市は、2016年度にチェックリストと対処法、相談先一覧などからなる啓発パンフレットと1時間分の授業例を作成した。市内の全小中学校(小4~中3)と市立高で実施している。
チェックリストは記名式で(A)ここ数カ月のこと(B)からだのこと(C)気持ちのこと(D)体のこと(E)友だちとのことーーの5項目で構成し、それぞれの項目に1~5の質問が並ぶ。例えばBでは「ご飯がおいしいと感じない」「朝、こころやからだがだるくて動きたくない」、Dでは「やろうと思うことがうまくできない」「いつも退屈だ」などだ。生徒は、あてはまる項目にチェックを入れる。
「SOS授業」は学校ごとに違うが、SCの柴田和子さんが常駐する市立一柳中では、年度の初めに実施する。全校一斉の授業で、柴田さんが自分の心の状態を確認することの大切さについて話した後、生徒がチェックリストに記入して提出する。柴田さんは「通常の授業では聞かない内容で、自分のことを気にかけてくれるためだと伝わると、生徒はしっかり記入してくれる」と話す。どの生徒がどの項目にチェックしたか担任教諭らも共有して確認するほか、チェックがついていない生徒も含め、全員に「友達に気をつけてあげてね」など、短いメッセージを返すという。
名古屋市では13年に同市南区の中学2年の男子生徒が、15年にも同市西区の中学1年の男子生徒が、いじめを苦に自殺している。市は14年、「なごや子ども応援委員会」を新設し、SCなどの専門職を学校に配置して、生徒支援の体制を整えつつある。市内110校を11ブロックに分け、ブロック内の1中学校にSC、スクールソーシャルワーカー(福祉の専門家)、スクールアドバイザー(地域との連絡調整役)、スクールポリス(元警察官)の4人がいる専用の部屋を設けた。SCは19年度には、全ての学校に1人は配置する。また、学校ごとに、SOS授業のほか、ストレスとのつきあい方の授業も実施している。
【茨城県取手市】<通報システムを導入>
茨城県取手市はこの4月から、いじめの「傍観者」を減らすため、生徒がスマートフォンやパソコンから相談したり、匿名で通報したりできる専用アプリを全ての市立中学で導入した。いじめる側、いじめられる側双方に対し、いつでも誰かが見ている環境づくりを進めるのが目的だ。
同市のいじめ対策推進室によると、アプリは「STOPit(ストップイット)」で、「いじめを見た」などと書き込むと、市の教育相談センターに送られる。同センターでは、元教員やスクールカウンセラーらが通報内容を確認。通報には送信者の名前は表示されないが、学校名と学年、性別は分かる仕組みのため、内容に応じて学校と連携して対応することができる。
生徒側の通報履歴は3日で自動的に消去され、ほかの生徒にスマホを見られた場合も2次被害を防ぐことができるシステムだ。
【大津市】<地域住民によるパトロール>
大津市は、昼休みや掃除の時間に地域住民が校内をパトロールする取り組みを2017年度から、市内の小学校で始めた。運動会などで教員が忙しくなる9月ごろを中心に、昨年度2校、今年度は7校で取り組む。
パトロールは自治会などに所属する高齢者のボランティアで、1校約50人が1日5、6人のチームを組んで交代で担当する。児童と一緒に遊ぶほか、校庭や図書室を見て回り、休み時間に1人で過ごしている児童などの情報を教員に伝えるようにしているという。
◇深刻化の一因は…「いじめ」と「いじめ以外の行為」に線を引くこと
いじめ問題は、その予防とともに発覚した場合の迅速な対処が必要だ。だが「ふざけている」だけなのか、いじめにつながる出来事なのか、教員はそこに線を引きがちだ。小さないじめの芽を摘むために必要なことは何なのか。名古屋市子ども応援室の高原晋一首席指導主事(専攻:教育心理学)に予防や対処法について語ってもらった。
名古屋市子ども応援室の高原晋一首席指導主事(右)と、SCの柴田和子さん
いじめへの対処は「規範意識を育む」「思いやり心を持とう」といった指導に終始しがちですが、規範意識の高い学校でいじめが起きているという調査結果もあると聞いています。ルールで縛ろうとすると、集団の中で、他と少しでも違うことをした生徒に対し非があるかのように言い始め、それがいじめにつながるからでしょう。
「いじめ」と「いじめ以外の行為」に線を引こうとしがちなことも、深刻な事態になる前に止められない一因です。「弁当のおかずを食べられた」「並んでいる列に割り込まれた」といった小さなトラブルを見て「ふざけあっているだけで、問題はない」ととらえて、「いじめ以外」の方に入れてしまう。しかし、小さなことこそ問題なのです。
「いじめはいけないことだ」と指導すれば無くなるものではありません。大人が考えがちな「常識」について、意識を変える必要があります。そのためには、哲学や人間観を学んで、子供の心をとらえられるようにならなければいけません。
子供が自死にいたる深刻なケースに気づいていないことも多いと思います。いじめに遭った子供は、自分に価値がないと思い込んで、生きる意欲を失っていきます。自分の気持ちを表現することもできなくなる。
また、漠然とした不安を抱いても、どのように言い表したらいいかわからない。「不安」という言葉はよく使われますが、人間の状態を説明してはいません。子供が普段から、自分の気持ちを言ったり、書いたりしてみるといいのですが、これが難しい。もし「授業が退屈」などと言ったら、先生はたいてい怒りますから。子供たちはだんだんと、自分を表現しない方がいいと思うようになって、言わなくなってしまう。
名古屋市ではチェックシートを使うことで、少しでも子供たちに自分の気持ちを表現してもらおうとしています。チェックがついたら、SCがその生徒の気持ちを推し量って「何か気にかかることがあるでしょう」と働きかける。そんな運用を目指しています。
<ご意見ください>いじめ対処のプロを育成することが必要ではないでしょうか
学校ソーシャルワーカーの配置割合には都道府県によって、最大30倍の格差があります。
【参考記事】 https://mainichi.jp/articles/20161006/ddm/041/100/105000c
名古屋市に中学校に配置されている常勤のSCは約100人。臨床心理士7割と、学校心理士などからなる。学校心理士には教員経験者らが含まれるが、SCの人材確保は非常に難しく、必ずしもいじめ問題を解決する専門的な知識や経験が豊富ではないという。いじめ対処の専門家を育成する必要性について、どう考えますか。
◇ほかの自治体では……
【広島市】大規模校のスクールカウンセラーの滞在時間延長https://mainichi.jp/articles/20180217/ddl/k34/040/418000c
【熊本県】ネット活用 「通報窓口アプリ」導入https://mainichi.jp/articles/20170906/ddl/k43/100/264000c
【仙台市】中2を35人以下学級にhttps://mainichi.jp/articles/20180126/ddl/k04/010/084000c