ソーシャルアクションラボ

2018.06.08

池上彰、ベストセラー「君たちはどう生きるか」を「いじめ」の観点から読む

ベストセラー「君たちはどう生きるか」を「いじめ」の観点から読む

・一歩踏み出せなかったと悩む大人にとって絶好の教材になる

・「やるべきことができずに後悔した経験を忘れなければ、その経験が、将来の自分の背中を押す」

・この本の中のいじめについて親子で語り合おう

  いじめ問題や人としての生き方を正面から取り上げ、漫画版がベストセラーになっている「君たちはどう生きるか」(マガジンハウス)。1937年に出版された小説をベースにした漫画だが、時代を超えて読者の心をつかみ、200万部を超える空前のヒットになった。主人公がいじめ問題に関して悩む姿などが共感を持って読まれているが、ジャーナリストの池上彰さんに「いじめ」の観点から読んだ感想を寄稿してもらった。

 「君たちはどう生きるか」がベストセラーになっています。とりわけ漫画版は200万部を大きく超える売れ行きです。

 漫画版の構成は原著とは異なっています。漫画版の特徴は、主人公の「コペル君」が自宅で寝込んでいるシーンから始まります。読者に興味深く読んでもらうためには、いわゆる「つかみ」から入るのが定番。コペル君は、仲間が上級生からいじめられているシーンを目撃しながら、助けに入ることができませんでした。自分自身の情けなさに絶望したコペル君は寝込んでしまうのです。まさに、この本のハイライトから描き出しています。

 コペル君が通う中学校では、教室内でもいじめが起きます。貧しい友をからかう同級生を見かねたコペル君の友人が同級生に飛びかかります。そのとき、いじめられていたはずの「貧しい友」は、止めに入ります。

 「君たちはどう生きるか」では、どのように生きるべきかを考える材料に満ちていますが、とりわけ、二つのいじめのシーンが象徴的です。

 これを読んだ多くの大人が、「そういえば、自分も子どもの頃、こういうシーンを目撃しながら、一歩踏み出すことができなかった」と思い出すのではないでしょうか。この時の悔恨。子どもや孫には、そんなひきょうな人間にはなってほしくない。しかし、そのときの気持ちを、どうやって子どもや孫に届ければいいのか。そう悩んでいる大人にとって、この本は絶好の教材になります。誰でもこういう経験をすることがある。そこから何をつかみ取るかが、その人の生き方を決めるのだ、と。

 コペル君が寝込んでいるとき、お母さんが編み物をしながら自分の子どもの頃の話をします。重い荷物を持って階段を歩くお年寄りに声をかけて荷物を持ってあげようと思うのに、それができないままだったこと。この場面は感動的です。私にも経験があるからです。これもまた、誰しも経験しているのではないでしょうか。

 この経験はつらいことなのか。そうではないと母は言います。やるべきことができずに後悔したという経験を忘れなければ、その経験が、将来の自分の背中を押してくれることになるのだというのです。

 いじめは、受ける側がつらいのは当たり前。でも、集団でのいじめに心ならずも加担した側、見て見ぬふりをした側にも、心に傷が残るのです。その経験を将来のために大事にしろ。この本は、そう語りかけます。

 親が子どもにいじめについて語ることは、なかなかできることではありません。しかし、この本の中のいじめについて親子で語り合うことはできるはずです。その経験が、子どもたちにとって、将来の支えになるはずです。

[「君たちはどう生きるか」  児童文学者で、雑誌「世界」の初代編集長も務めた吉野源三郎の原作。1937年に出版された。父親を亡くして母親と2人で暮らす15歳の中学生「コペル君」が、手紙やノートで叔父と交流しながら成長していく物語。いじめや貧困、格差といった大きな課題を題材に、コペル君の悩みを通して「自ら考えて行動する意味」を説いている。]

<コメントして下さい>「君たちはどう生きるか」を読んだ方、「いじめ」で気づいたことがあれば教えて下さい。