ソーシャルアクションラボ

2018.10.04

教育委員会が主導する、フランスのいじめ事後対応

は月〜金曜日の9〜19時。2016〜17年の1年間で約5万6000件の入電があった。相談者の多くは被害者児童本人か保護者だという。入電には全て助言を行い、うち具体的な対策が必要と判断された案件が全国31の地方教育委員会に報告され、相談者の通学先につなげられている。地方教育委員会への報告は16〜17年の1年間で約1万4000件、入電の25%だ。

 SOSダイヤル通報に対応するのは、地方教育委員会のいじめ専門官だ。教育者、研究者、医療者などからなる校内暴力問題の専門家たちで、委員会ごとに2人を配置。入電状況を把握し、部下の現場対策官に担当を振り分けている。 

 「3020番のほか、地方ごとの固定電話番号やメールでの通報も受け付けています。特徴的なのは、私たちが受ける通報には、すでに家族や学校でいじめの事実が認識されているケースが多いこと。学校側に十分聞き入れてもらえない、問題が改善しないなどの状態が通報前にあって、被害者家族が私たちの介入を求める。そのような場合、私たちが学校と家庭の仲裁役を務めることになります」

 そう語るのは、レンヌ教育委員会のいじめ対策官トニー・デレベルグ氏。憲兵隊(国家警察機能を持つ軍隊)の校内暴力専門顧問を20年務めたスペシャリストだ。デレベルグ氏の管轄圏にはいじめ対策室が二つあり、それぞれに3人ずつ現場対策官を置いている。

 「どんな形の通報でも、受けたものは全て取り扱います。『ここに訴えれば聞いてもらえる、放置されない』というのは、とても大切なメッセージです」

◇初動で第三者の目を入れる

 SOSダイヤル、教育委員会の直通番号、メールなど全ての通報手段を合わせ、2017年度にレンヌ教育委員会に入った通報は約150件。過去5年の年間通報数はほぼ横ばいだが、これは地方の児童数や啓発活動によって大きく変わる。

 「うちの教育委員会の数は多くないように見えますが、これはいじめの実数ではありません。いじめは実態の把握がとても難しい現象です。私たちの元に通報される前に、学校レベルで対策・改善されているケースもあります」

 通報のすべてが、嫌がらせが繰り返される「いじめ」ではなく、その手前の「単発のいさかい」のこともある。その判断を含め、専門官の介入が重要だとデレベルグ氏は言う。 

 「通報時点で深刻な事態に見えるいじめは、実はそう多くはありません。子どもたちは大人に心配をかけないため、状況をわざと軽く話すこともある。誰がどう関わっているか見えにくい方が、扱いも介入も難しいのです。通報後の状況確認は非常に重要な過程と言えます」

 通報後はまず被害者家庭、そして学校に連絡をし、状況を精査する。

「学校外の第三者が聞き役になることにメリットがあります。校内の人間関係を知らないからこそ、関係者には話しやすい。また第三者の方が、思い込みのない新たな視点で状況を精査できます」

◇改善対応では、使える手段を広く使う

 状況精査の結果「いじめとして取り扱う案件」と確定した場合、教育委員長の名の下にいじめ対策室が介入することを、校長に書面で通達する。学校の自治権を前に第三者組織が介入するための重要なステップだ。 

 具体的な行動計画は現場対策官と校長が面談して検討。レンヌ教育委員会では、前述の国による「取り扱いプロトコル」を元にまとめた独自のプロトコルがある。主に「誰が何をする」という役割分担を明確にしており、対応の詳細はもちろん、ケース・バイ・ケースでアレンジする。

 「対応は校長主体で進めますが、現場対策官が最後までフォローします。別組織に外注せず、我々が通しで見ることが重要です。特に被害者に対しては、問題修復策が取られた1〜2カ月後まで電話などでやり取りを続けます。継続して見守られているとの安心感を与えるためで、家族にも喜ばれていますね」

 対応方法は多岐にわたる。校外の児童問題専門家にも関わりを求める。病院やカウンセラー、青年支援NPOや一時保護施設、警察や法曹など「使える手段は広く使う」(デレベルグ氏)のだそうだ。 

◇全ての関係者が重要人物

 いじめ対応の目的は大きく2点。「被害者をいじめの状況から引き離し、保護すること」と「加害者に正しく『加害』を認識させること」。

 また、被害者保護と同時に加害者、そして目撃者のフォローも重視する。加害者・被害者・目撃者の役割が流動的で、循環しながら続いていくケースが多いためである。

 「いじめ加害者に特徴的なプロフィルはないと、私は経験から考えています。共通しているのは『これはいじめなのだ』という認識の不足です。その認識、そして責任の意識を持たせるために、加害者には罰を与えます。『悪い』と認識しながらいじめを行う生徒もいますがそれはごく少数で、彼らへの対応は心理学や精神医学の範疇(はんちゅう)ですね。その観点から、加害者の家族にもカウンセリングを勧めるようにしています」

 いじめが通報されたどこの学校でも、改善策が打たれた後の啓発活動を必須としている。

「個人を特定しないよう、意識を持たせる。例えばいじめの芽になりやすい小さなからかいの例を挙げ、それに遭遇した場合は、すぐ先生に知らせるようにと周知する。また被害者生徒の見守りを強化し、休み時間もなるべく大人の目があることを示します。『状況が変わった』と生徒全員に見せるためです」

 啓発活動のベースになっているのが、教育心理学者アナトール・ピカス提唱の「問題共有法(The Method of Shared Concern)」。現在フランスの教育現場では、このメソッドがいじめ対策に有効として取り入れられているそうだ。

 積極的に保護者を巻き込むことも重要なポイントだという。「被害者であっても加害者であっても、家族には必ず一緒に対応してもらいます。これは『コエデュケーション(共同教育)』の原則。国家教育省は学校で、親は家で、連携しあって生徒を教育するのですから」

◇国の本気がいじめを減らす

  「今、フランス政府は本気ですね。現場で仕事をしていて強く感じます」と、デレベルグ氏は断言する。各種の調査やプロトコルの作成のほか、2015年に「全国校内ハラスメントの日」が制定されたことや国家教育省が専用のウェブサイトを設けたことを例として挙げた。

 国の取り組み結果はデータにも表れ始めている。2017年の中学校での全国いじめ・校内風土調査では、94.1%の生徒が「学校は安心」と過去最高の回答をした(2011年は92.8%、2013年は92.5%)。同調査では「強いいじめ」に分類される被害が5.6%となり、こちらも過去より改善されている(2011年は6.1%、2013年は6.9%)。

 「いじめには、認知度が上がると通報や報告の件数が増えるという逆説的な現象もあります。それを踏まえ、啓発活動と同時に行うべきは、教員の研修を強化すること。事件が大きくなる前に小さな芽をいかに探知して摘んでいけるか。それは、子どもたちと毎日を過ごす大人にかかっています」

 加えて政府が力を入れているのが、小学校低学年からの予防措置だ。3020番への通報の半数以上が小学生からで、その数は中学・高校より圧倒的に多い。

 「中学校以降のいじめは、小学校時代に始まっているものがほとんどです。加害者は一度被害者を定めると、学年が変わっても学校が変わってもいじめを継続します」

 その悪循環を止めるには早い時期からの予防しかないーー風上からの予防原則こそいじめの一番の具体策である、とする理由は、現場対応の経験から来ているのである。

 フランスの公立学校は1学級25〜30人の規模が多く、担任1人がカバーする生徒数は少なくない。校長本人がクラス担任を受けもつことも一般的だ。そんな多忙な毎日の中でいじめが起こったとしても、教員たちがすぐに動き出せるよう、「動き方」は国が決めておく。明確な改善策が取れない場合は、第三者が介入することが確立したのである。

 ヨーロッパの他国に比べフランスのいじめ対策はスタートが遅かった。が、国が本気になれば、5、6年でここまでの体制を整えることができる。その本気度と手法は、日本の行政・教育関係者にも一見の価値があるのではないだろうか。