ソーシャルアクションラボ

2018.10.18

シンポジウム報告(前編)「子どもをいじめから守るには」

ソーシャルアクションラボのシンポジウム「子どもをいじめから守るには」は9月29日、東京都千代田区一ツ橋の日本教育会館で開かれ、約100人が参加しました。毎日新聞の特設サイト、ソーシャルアクションラボは「1ミリ、世界をいい方へ」動かすことを目的にオープンし、半年間にわたりいじめに関する取材とサイト上の意見交換で解決への糸口を探しました。それをもとにシンポジウムではいじめ問題の専門家や当事者がいじめの対処や予防について活発な意見交換をしました。会場からは多くの質問が寄せられました。詳細を報告します(読みやすくするため言葉を足したりしています)。

 パネリストは、▽評論家でNPO法人「ストップ!いじめナビ」代表理事の荻上チキさん▽NPO法人「ジェントルハートプロジェクト」理事の小森美登里さん▽公益社団法人子どもの発達科学研究所・主席研究員の和久田学さん▽全国生活指導研究協議会代表の笠原昭男さん▽ソーシャルアクションラボで取材をした毎日新聞の鷲頭彰子記者ーーの5人。司会は、毎日新聞の澤圭一郎論説委員(教育担当)。ソーシャルアクションラボの活動で浮かんできた12の解決策について読者にアンケートを実施し、多くの人が賛成したもの、あるいは意見が分かれたものなど四つの解決策を選んで議論しました。(以下、敬称略)

◇賛同が多かった「第三の場所を用意」と「専門機関を学校に導入」

澤:まずはアンケートの結果、多くの方が賛成したものを二つ取り上げます。「第三の場所を用意する」と「専門機関を学校に導入する」です。

荻上:第三の場所とは一体何なのか。まず第一の場所を家庭、第二の場所は学校や職場としましょう。家庭、学校・職場で過ごす時間は日常生活の3分の2を超えているでしょう。そこでの楽しさ、あるいはストレスが人生を大きく左右します。そして大人になるにつれて、第三の場所ができます。例えば仕事が終わった後にジムに行くとか、昔の仲間と飲むとか、ネット上の友人と触れ合うとか……。しかし、子どもは第三の場所を自分で作るのがとても難しい。親に習い事をさせてもらうとか、地域の公園で友だちを作るとかは可能ですが、移動範囲は限られます。経済的な自己決定権もありません。第三の場所がとてもプアな(貧しい)のが子どもの状況です。そんな中で学校に居場所がない、居づらさを家庭でも打ち明けることができない。そうすると、追い詰められて精神疾患になったり、自傷行為や加害行動に走ったりする面があります。世界中が自分を排除しているという感覚に追いやられてしまうこともあります。
 そこで、最近注目されているのは部活動を地域化したり、子ども食堂で老人と若者が交流したりといったさまざまな試みです。共通するのが第三の場所をより拡充していくことが、いろいろな人たちの幸福度の上昇につながるという観点です。

澤:今どきの第三の場所が生まれてきているのですね。

荻上:第三の場所という、従来の教育や家庭のストレスからフリーな場所を作っていくのが重要です。大人は子どもに対して教育を与える義務があり、子どもは教育を受ける権利がある。憲法のどこにも学校に行かせるということは書かれていないにもかかわらず、教育を受ける権利は学校で果たされることになっている。通学中心主義。基本的には学校に行って教育を受けるという前提になっているので、学校で集団になじめなかったり、嫌なことがあったりした場合のフリースクール、通信教育、家庭教育といったオプションがとても弱い。
 そうすると不登校になった場合、家庭による経済格差、教育格差がダイレクトに子どもに影響します。「いじめに遭ったら学校から逃げてもいいんだよ」とよくメディアでは言われますが、部分賛成、トータル反対です。そう言われても、「どこに逃げる場所がありますか?」という状況だからです。第三の場所、どのようなオプションを具体的に用意するのかが問われてくると思います。

◇被害者にも加害者にも必要な「第三の場所」

澤:ざまざまな第三の場所作りが大事なんだという意見でしたが、小森さんはどうお考えになりますか。

小森:被害を受けている子どもが学校以外の安全な場所でこれ以上傷が深くならないようにするのは当たり前。第三の場所と聞いた時、皆さんは誰を対象に考えるかというと、いじめを受けた子ども、被害者のことを考えます。一方で、加害者が何か問題を抱えているのであれば、それを解決できる場所も必要ではないでしょうか。被害者、加害者ともに第三の場所が必要なのではないでしょうか。

澤:第三の場所というと、確かにいじめでは被害を受けた子どもの逃げ場所というとらえ方が一般的なのかもしれません。加害者側に目を向けることも大事だということですね。

荻上:「第三の場所」ということばを作ったのは、誰にでも第三の場所が必要であるという前提のもとです。被害者だけが隔離される状況はおかしいというのは完全に同意します。加害者にとっても第三の場所が重要です。どんな子どもがいじめの加害リスクを負っているのか。加害者になることはいいことではないが、加害者にならされてしまう環境があります。学校ストレスと家庭ストレスとの両方が高い場合、加害者になる可能性は高い。学校ストレスとは、授業についていけない、人間関係の中で自分の感情をうまくコントロールできない、先生が話を聞いてくれないといったことです。そのようなストレスをいじめというアクションでアウトプットしてしまうことがあるのです。
 加害者にとっても、第三の場所でストレスを発散させるとか、親でも先生でもない信頼できる人が人として扱ってくれるとかはとても重要です。「予防」の観点から言うと、普段から第三の場所がいろいろなところにあることによって子どものストレスが緩和されることが重要だと思っています。

笠原:私は加害者にとって教師が「居場所」になることが重要だと考えます。学校教育的なまなざしではなく、教師は一人の大人として、子どもと向き合う。本当は教師が「第三の場所」にならなくてはいけません。具体的には、くつろげる部屋を学校に用意し、そこに行けば自分を全部受け止めてくれる大人あるいは教師がいる環境です。

◇ひとりひとりの教師の質を担保する

澤:もう一つ「学校に専門機関を入れる」というアイデアを解決策としてサイトで提示したら、賛同する人が多かった。おそらく、学校の先生にではなく、いじめ問題に専門的にきちんと対応できる人を学校に入れるべきだということではないでしょうか。教師の立場から笠原さん、専門機関を学校に入れるべきだという意見について、どうでしょうか。

和久田:学校には先生がたくさんいるからもっと使うべきだというのは分かりますが、同時にひとりひとりの教師の質を担保することです。専門機関にしても教師にしてもシステムを作るだけでなく質を担保することが必要です。専門機関を入れれば魔法のようにいじめが解決すると考えがちですが、理想的な形で解決する保証はない。保証の仕組みを作っていかないことには何も変わらない。「第三の場所」に関しては予防という面では非常に力強いですね。選択肢が増えることは子どもの発達には、いいことです。

澤:荻上さん、第三の場所に先生が、というふうに広がりました。

荻上:先生がそうした場所になれば、第二の場所だけでもいいですし、家庭が非常に居心地がよければ、第三の場所は必要ないということはあると思います。僕も6年間ぐらいいじめに遭っていましたが、子どもにとって先生や同級生は、当たりくじの低いガチャみたいなもので、ハズレが多い。そうした中では、担任以外の先生が第三の場所になってくれればいい。
 今は法律ができて、いじめに関する情報を担任1人が抱えていたら違法、チームで対応することになっているのでかつてより改善されています。いじめ対策の主任教師もいます。しかし、そのいじめ対策の主任は生徒指導の先生が兼任することが多い。子どもの権利に寄り添うより学校秩序を乱した子どもをどう正常に戻していくかという観点が強調されています。だから先生の状況を改善していく必要がある。先生の働き過ぎを改善する。教員数を増やし、仕事を減らす。先生が定期的に研修を受けられやすいような研究休暇制度を設ける。先生のクオリティーを上げていくサポートをするということも重要です。
 それでも人間と人間ですからミスマッチはある。だから、学校の一部を公民館的に貸し出し、そこでのサークル活動に子どもは休み時間に参加するといったようなさまざまな仕掛けで学校と地域との交流があればいい。結論としてはどのアイデアも、育てていく必要があるのではないか。

◇意見が分かれた「クラス、学級をなくしてしまう」

澤:先生の当たり外れは、みんな経験があると思います。しかし、子どもにとってみれば「外れちゃった」で済むはずがないわけで、教師の質を高めていくのは当然です。先生がきっかけになっていじめが起きることもあるわけですから。先生の質について、小森さんどうでしょうか。

小森:いじめ対応スキルをしっかり持っている先生は非常に少ないというのが実感です。極端な言い方をすると、問題が小さいときに正しい態度で最低限のことをすればこの命は守れたのではないだろうかというケースがあります。子どもたちを死に追い詰めているのは、知識やスキルが著しく欠けている大人たちの対応と言っても過言ではないような気がしてなりません。先生方のスキルをどうやって上げるのか。「先輩から一生懸命、いじめの対応を学びました。それが正しいと思って実践しています」と先生は言いいますが、その一つ一つが本当に子どものためなのか、本当に正しいかを検証していくことがとても重要だと思っています。せめて「やってはいけないことと」「絶対しなければならないこと」というシンプルな部分だけでも共有できたらいいですね。

澤:12の解決策のうち「クラス、学級をなくしてしまう」と聞いたところ、意見が分かれました。

和久田:確かに学級をなくしてしまえば、問題も出にくくなるかもしれない。でも、それはいじめに特化した一面的な見方です。学級は多目的集団で、学習したり、コミュニケーションスキルを高めたりする場でもあります。いろいろな機能があるのだから、いじめを予防するために学級をなくすのは短絡的というのが私の意見です。実際やってみて、いじめがどう変わるのか、なくすについてどのような方策が必要なのかを検証しなければいけないと思います。

(後編に続く)