ソーシャルアクションラボ

2020.04.08

全国各地で続く異常気象 教訓を生かした対策とは

※この記事は2017年9月1日毎日新聞朝刊に掲載されたものです。

 水害の大きな原因である異常気象。記録的短時間大雨情報など、テレビの気象速報を目にする機会も増えています。地球温暖化や異常気象の教訓や対策などについて、識者に話を聞きました。

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 今夏(2017年)、各地で「異常気象」が続いた。福岡、大分両県を中心に九州北部を襲った集中豪雨、迷走した台風5号、8月下旬まで続いた長雨と厳しい残暑などなど……。地球温暖化の影響で「日本の亜熱帯化」が指摘されるようになって久しいが、打つ手はないのか。この夏の経験から学ぶべき教訓と生き抜く知恵を探った。

まず広めたい平易な理解 渡部雅浩・東京大大気海洋研究所教授

 地球温暖化は着実に進行し、気象庁の観測によると、日本の平均気温は100年間に約1.2度のペースで上昇している。地球全体では約0.7度なので、日本は世界平均よりも大きい。これは日本近海の水温上昇率が世界平均よりも高いためで、この気温上昇を背景に過去30年間、夏季の異常高温や集中的な豪雨に見舞われる頻度が上がっている。同庁によると、最高気温が35度以上の猛暑日は1931~2016年に10年当たりの全国平均は0.2日増加、1時間に50ミリも降るような極端な豪雨は1976~2016年に10年当たりで20.44回増加した。

 では、将来はどうなのか。私はこの傾向が続くと考えている。もし、温室効果ガスの排出がさらに増えるなどして気温上昇が加速すれば、異常高温の日数や極端豪雨の頻度は加速度的に増えるだろう。ただし、市民が変化を肌で感じられるような5年、10年の短い期間で、どのくらい増えるかという定量的な予測は現時点では難しい。短期間の気象は、温暖化による影響よりも、ラニーニャやエルニーニョなど海水面温度の変化や、大気の動きなど自然の変動が大きく関係するためだ。

 例えば、2017年7月には梅雨明け前に酷暑が続き、九州北部では豪雨による甚大な被害が出た。一方、8月の関東地方は長雨が続き、昨年の猛暑に比べ、気温は落ち着いていた。このように、短期間の気象を比べれば年によって変動が大きく、単純に年々、異常高温や集中豪雨が増えるわけではない。

 とはいえ、温暖化と異常気象の関係の解明は進んでいる。我々の研究チームは、コンピューターで温暖化が進む実際の地球と、二酸化炭素濃度が19世紀ごろのままで温暖化していない仮想の地球でシミュレーションを試みている。二つの地球で個々の異常気象の発生確率を比較し、温暖化によってどれだけ異常気象のリスクが上がっているかの計算に取り組んでいる。いずれは、5、10年先の近い将来に起こる異常高温などの発生確率を示せるようになるだろう。

 都市化が異常気象を助長しているという面もある。ビルが林立し、廃熱などが都市空間にこもることで気温が上昇する「ヒートアイランド現象」は有名だ。都市に雨雲が流れ込むことで、数キロ~10キロ程度の極めて限られた範囲で豪雨が降ることもある。多量の雨水の流入で大きな被害が出かねない地下空間が多い都市部では、こうした雨にも十分に注意することが欠かせない。

 国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)では現在、世界の科学者の協力を得て21年までに第6次報告書をまとめる準備を進めている。これまでの専門的だった報告書とは異なり、読み手に分かりやすいよう「人間活動が過去の気候をどう変えてきたか」や「将来の地域の気候や異常気象はどうなるのか」といった切り口の章立てになる見通しだ。これを基に、一般市民にとって分かりやすい冊子などを関係省庁と科学者が協力して作成し、自治体などが対策につなげられるようにする工夫も必要になるだろう。【聞き手・渡辺諒】

将来を見通して地域で「適応策」を 三村信男・茨城大学長

 地球温暖化は気温上昇だけでなく、短時間豪雨の増加、海面上昇など、人類の生存基盤のあらゆる面に影響する。温暖化の進展に伴って環境が変わっていく時代に入り、これまで経験してきた災害規模の「天井」が抜け、上限がなくなったと言える。防災の考え方を変え、想定を超える災害への想像力を持って備えなければならない。

 以前は豪雨などによる気象災害の多い年があっても、30年程度の平均で見ればほぼ横ばいだったが、温暖化が進み、大規模災害の発生件数が増えている。さらに海面上昇など、長期的な変化が重なる。これに備えるため、頻繁に起こる規模の災害には堤防などのインフラ整備で対処し、想定を超える大規模災害には、速やかな避難を徹底して人命は必ず守るという、2段階の構えが必要だ。

 すぐには施設整備が追いつかないので、命を守るには、政府や自治体が災害時にどんな危険が迫っているか、一刻も早く情報を出し、迅速、的確に住民に伝えることが求められる。そのうえで住民は立派な堤防があっても安心せず、警報を受け取った時にどう行動するかをあらかじめ考え、準備しておかなければいけない。2015年の関東・東北豪雨で甚大な水害が出た茨城県常総市の小中学校では、防災教育の一環として親子で避難行動をシミュレーションするゲームをし、家庭内で行動ルールを話し合うきっかけにしている。

 温暖化の被害に備えるための対策は「適応策」と総称される。適応策は豪雨に備えた堤防整備や、暑さに強い農作物の品種改良など、多岐にわたる。いずれも必要であることは理解されているが、実際に取り組むのは難しい。地形や産業構造の違いなどによって地域ごとに被害の出方が異なり、国全体の画一的な対策では済まないからだ。国が担うべき役割は、主役となる自治体がそれぞれの実情に合った対策を取れるように柔軟性を持った制度を整備することだ。温暖化予測のような科学的な情報を提供することも大切だ。

 一方、温暖化対策は総合的に進めることが重要だ。国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)が14年に公表した第5次報告書は、いくら適応策を進めても、各国が温室効果ガスの削減努力をしなければ、温暖化は依然として世界に深刻な被害をもたらす危険性が高いと指摘した。それを避けるには、温暖化対策の国際的な枠組みである「パリ協定」が掲げた目標、つまり産業革命前からの気温上昇を世界で2度未満に抑えるように、温室効果ガスの排出削減を忘れてはいけない。

 大雨や猛暑など目の前で起こる問題に対処する事は必要だが、同時に長期的に気候変動の影響が深刻化していく以上、将来の事態に備えた総合的な適応策を進めることも重要だ。これを理解してもらうには、国や研究者、マスメディアが協力し、予想される温暖化の影響を、県や市町村レベルで具体的に示すことが欠かせない。それを基にみんなで何をすべきかを議論し、安心安全な社会像を共有することが、実効性ある適応策を進める第一歩になる。【聞き手・大場あい、写真も】

重要性高まる「近所(助)力」 杉本めぐみ・九州大助教

 2017年7月5日午後に福岡県朝倉市や東峰村、大分県日田市などを襲った雨は局地的な集中豪雨としては過去に例がない規模だった。5日だけで朝倉市で516ミリ、日田市で336ミリという、いずれも7月の平均月間合計を上回る量の降雨が短時間に山間部の集落を襲った。普段はせせらぎ程度の小川が幅数十メートルに広がり、家や道路、橋を押し流して風景を一変させた。

 災害発生以来、現地で聞き取り調査を行っているが、土木専門家によると、短時間の水害で昔からの風景が一変し、まさに地形が「リセット」されるような変化は日本の災害史でも極めてまれだという。私自身、多様な災害が集中するインドネシアで15年以上調査しているが、これほどの景観変化は2004年にスラウェシ島で発生した山体崩壊くらいしか記憶にない。40人以上の死者・行方不明者が出た今回の九州北部豪雨は常識の土木工事で防ぎきれない次元の大災害だったと言える。

 積乱雲が相次いで発生して帯状になる「線状降水帯」による降雨が激しくなって、気象庁が「記録的短期間大雨情報」を出したのが午後1時28分。午後2時前には浸水する家が出始め、3時半ごろには流される家が出た。平日の午後という時間帯のため若い人は働きに出ており、家には高齢者だけという所が多かった。間もなく一帯が停電したため、テレビは視聴できず、防災無線も不具合が生じた。ラジオの音も雷雨にかき消された。高齢者はインターネットやスマートフォンをほとんど使わない。情報に接することができないために避難が遅れた。気象庁が九州初の大雨特別警報(午後5時52分)を出しても、住民に届かなければ意味がなかった。

 こうした状況でどうやって住民に危険を伝えるか。衛星通信のような先端技術か、あるいはアナログな伝達手段か。今回の反省点は、屋外の防災無線が雨で停電する状況だったことや、河川の水位計などの観測機器が少なかったことだ。全国のどこでも起き得ることだととらえて、全自治体が都市部の地下浸水対策も含め、防災体制を見直すきっかけにすべきだ。

 住民も、土石流でハザードマップ(災害予測地図)が機能しない状況に陥った場合に備え、一刻も早く安全な場所へ逃げる感覚を養っておくことだ。地形などの地域に関する知識が運命を左右する。テレビや行政の情報を待つだけの受け身では生き延びられない。自分の命は自分で守る。防災教育にも新たな視点が必要だ。

 明るい材料もある。九州北部は住民の結束が強く、避難生活にもいい影響が出ている。顔見知りが多いため、避難所の間仕切りも「いらん」という人ばかり。防災で重要な「自助・公助・共助」に加えて「近所(助)」がある。この「近所力」、つまり共同体の連帯感が活力源になっている。ボランティアも機能している。拠点も早くに設立され、全国の被災地、特に熊本から「恩返し」の人たちが集まっている。「かゆい所に手が届く」ボランティアの支援で助け合う社会を作っていくことが復興への近道になる。【聞き手・森忠彦、写真も】

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 ◇観測記録上位塗り替え

 国内各地で2017年夏、観測史上、上位の記録が相次いだ。九州北部豪雨では福岡県朝倉市や大分県日田市で7月5~6日の24時間雨量が各545.5ミリ、370ミリと過去最高を記録。太平洋上で迷走後、本州を縦断した台風5号は発生から消滅まで18日18時間(7月21日~8月9日)と歴代3位の長寿。7月が猛暑となった東京では、8月に21日連続降雨という歴代2位の長雨を記録した。海外でも猛暑被害などが相次ぎ、米海洋大気局は「史上2番目の暑い夏」とみている。

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 ■人物略歴

 ◇わたなべ・まさひろ

 1971年神奈川県生まれ。東京大院修了。2007年9月から気象庁異常気象分析検討委員会作業部会長。15年度「日本地球惑星科学連合西田賞」。北海道大助教授などを経て16年12月から現職。=根岸基弘撮影

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 ■人物略歴

 ◇みむら・のぶお

 1949年広島県生まれ。東京大院修了。東大助教授、茨城大教授などを経て2014年から現職。専門は地球環境工学。IPCC第5次報告書の執筆に参加。著書に「サステイナビリティ学をつくる」など。

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 ■人物略歴

 ◇すぎもと・めぐみ

 京都府出身。京都大院博士課程修了。在インドネシア日本大使館で政府開発援助(ODA)担当。東京大地震研究所特任研究員などを経て2014年から現職。専門は防災教育、災害リスクマネジメント。