ソーシャルアクションラボ

2020.04.08

激甚化する自然災害対策 「想定外」前提に発想転換を

 台風19号やその後の大雨により、東日本を中心に、河川越水や内水氾濫、堤防決壊などが相次ぎ、広範囲で甚大な被害が出ている。政府の言う「国土強靱(きょうじん)化」も大切な部分はある。だが、地球温暖化という経験のない時代に突入した今、豪雨に対して、もはやインフラ整備だけでは太刀打ちできないと謙虚に受け止めるべきだろう。自然災害に想定は通じない、という発想の転換が必要だと思う。

政府部会は「命を行政に委ねるな」

 千曲川の堤防決壊現場(長野市穂保地区)周辺などを取材した。ぬかるむ泥に足をとられながら歩くと、想定される浸水深が示された電柱が倒れ、収穫間際だった特産品のリンゴが無数に転がり、痛々しかった。濁流に家は水没したが、早くに避難して無事だった同地区の吉村和衛さん(84)、ミヨシさん(76)夫妻は「高齢でもあり、大きな災害続きで『人ごとではない』と感じていました。自然の脅威に素直になることが大切に思います」と自宅の泥をかき出しながら話した。

 2015年の関東・東北豪雨の鬼怒川堤防決壊現場(茨城県常総市)や昨年の西日本豪雨による岡山、広島の被災地なども取材したが、吉村さん夫妻のように「人ごとではない」と危機感を抱き、避難行動に移すのは「案外難しい」との声をよく聞く。長野市に近く、今災害で市役所1階部分が浸水した飯山市内で、農作業をしていた佐藤やよ江さん(85)は「大雨が落ち着き、大丈夫だと思った後に、河川が増水した」と避難する判断の難しさを語った。

 政府の中央防災会議の作業部会は18年12月、西日本豪雨を踏まえた水害・土砂災害からの避難についての報告で、行政主導の避難対策の限界をあげ、「国民の皆さんへ~大事な命が失われる前に~」との異例のメッセージを付記した。「命を行政に委ねないでください」「避難するかしないか、最後は『あなた』の判断です。皆さんの命は皆さん自身で守ってください」

 同豪雨で、市民の円滑な避難行動に結びつかなかった反省から、この春に導入されたのが、住民のとるべき行動を5段階で示した「警戒レベル」だった。そして避難に向けて目安となるのがハザードマップだ。近年の豪雨災害ではハザードマップの危険度と重なるように被害が出たエリアは少なくない。

 国土交通省は16年に「水害ハザードマップ作成の手引き」を改定し、6段階に色分けした浸水深を標準例として示している。だが、統一化されておらず、マップの色遣いなどは自治体によってまちまちだ。観光客や外国人らにもわかりやすいようにと05年に総務省消防庁が統一し、導入した「津波避難場所」「津波避難ビル」などのサインのように共通化できないだろうか。旅先や通勤・通学先などでも危険度が判断しやすく、被害軽減につながるように思う。

防災インフラは被害拡大の面も

 中央防災会議が呼びかけた行政主導<公助>から住民主体<共助・自助>の避難対策の転換は一理あるが、同会議が「住民や地域を全力でサポートすべきだ」とした行政サイドも改善点はあるはずだ。

 兵庫県立大大学院の室崎益輝教授(防災計画)は「危険箇所では、避難したか否かを確認するまでが各自治体の役割」と指摘する。障害者や高齢者ら要援護者の中には、情報を得ていても避難が困難な住民もいる。大変な時に他人に迷惑は掛けづらいとの遠慮もあるという。室崎教授は「明るいうちに行政がバスで町を回り、半ば強制的に避難させる仕組みや隣近所で誘い合って集合場所を決め、避難所へと運ぶなどの対応策が求められる」と提起する。

 千曲川周辺には過去の水害による浸水域を示した水位標が複数あった。1995年の阪神大震災被災者で、全国の自然災害の慰霊碑や石碑を自転車で回って記録している上西勇さん(92)=神戸市東灘区=は、阪神大水害(38年、死者・行方不明者695人)も経験した。「寿命は100年程度だが、自然は悠久。先人の教えや警鐘をないがしろにしない意識が、早めの避難行動につながるはず」と言う。また、2011年の東日本大震災の津波で兄2人が犠牲となった岩手県大槌町の伊藤陽子さん(68)は「電柱に津波や洪水の浸水深を数字で示すだけでなく、実際に到達が予想される高さに印を付けるのがわかりやすいのではないか。子どもたちの学習や日常的な啓発にもなる」と話した。

 気象庁は台風19号で「大雨特別警報」を13都県に発表した。数十年に1度の甚大な災害発生が危惧される際に発表されるものだが、13年8月の運用開始以降、わずか6年で10例を超えている。「日常的に起こり得る」と認識を改めたい。また、「河川はあふれるもの」などの発想の大きな転換が不可欠に思う。防災インフラの整備は住民を守る半面、破壊される可能性を忘れてしまい、安全への過信や依存心とも重なり、被害を大きくしてしまう側面も持つ。最新の科学的見地とあわせ、過去の災害からの学びを忘れないことや避難行動に向けたアイデアや工夫を積み上げていくことが一層、大事になる。【高尾具成】

※この記事は2019年11月21日に毎日新聞朝刊に掲載されたものです。