2020.04.08
多様化する防災教育 子供たちで宿泊避難訓練 体育館に
多様化する防災教育 子供たちで宿泊避難訓練 体育館に
大阪市の大阪教育大付属天王寺中学・高校で2019年11月、災害を想定して子供たちだけで一夜を過ごす全国的にも珍しい宿泊型の避難訓練が実施された。断水や停電など実際の災害に近い状況を設定し、対応力を養おうと企画された。各地で毎年のように大規模災害が起きる中、学校現場の防災教育も多様化している。【石川将来】
昨年11月15日午後7時過ぎ、体育館一角の柔道場の電気が落とされると、「きゃー」と悲鳴が上がった。水の入ったペットボトルをまとめ、隙間(すきま)に小型の懐中電灯を置くと、ランタンのように照らされた。子供たちは明かりを頼りに段ボールで仕切りを作り始めた。参加したのは付属の小中高校の希望者約60人。教員は緊急時に備えて見守るだけ。翌朝まで14時間以上、子供たちだけで過ごす長丁場の訓練だ。
6人が死亡した2018年6月の大阪北部地震は早朝の発生で公共交通機関が乱れ、同校の児童や生徒の通学にも支障が出た。同9月の台風21号では、校舎の屋根のトタンが飛ばされ、教室の一部が使えなくなった。更に大きな災害が授業中に起これば、指定避難所となっている小学校の体育館に市民が続々と集まり、教職員も対応に追われる。小学生を中高共用の体育館に移動させ、子供たちだけで長時間待機することも想定されることから、18年11月に初めて宿泊型の避難訓練を実施した。
翌朝までの食事は災害備蓄用のビスケットと水のみ。たくさん食べたがる小学生に、「すぐに無くなってしまうから少しずつね」と中高生が注意する場面もみられた。断水の想定のため水洗トイレは使用せず、バケツにかぶせたビニール袋に用を足し、防臭効果のある凝固剤を振りかけて処分。寝るときはアルミニウムが施された保温性の高い「レスキューシート」と呼ばれる災害グッズを掛け布団代わりにした。
午後8時ごろ、班長が集まり、途中経過を報告し合った。「小学生が走り回ってばかりで、僕がいないと何もしない」。高校1年の葛本(くずもと)凌太さん(16)が不安を打ち明けた。中学3年の相輪(そうわ)帆佳(ほのか)さん(15)は「お泊まり会のような雰囲気。自分の身を守るための訓練だと考えてもらわないと」と課題を挙げた。
小学4年の後藤心寧(ここね)さん(10)は、大阪北部地震で通学中の電車に約30分間、閉じ込められた。「大きな地震は初めての経験だった。いつ起きるか分からないんだな、と訓練の大切さを実感した」と話し、「トイレの使い方を高校生のお姉ちゃんが教えてくれて安心した」と話した。
中学校の広瀬明浩副校長(58)は「経験を積むことが大切で、自分たちで災害にどう対応すべきか考えるきっかけになった。いかに継続できるかが課題だ」と話した。
広がる実践的教育
地震や水害を経験した被災地の教育現場などでは、さまざまな訓練や防災教育が実施されている。避難所運営を学ぶカードゲーム「HUG(ハグ)」は、東海地震などに備える目的で、静岡県の防災担当者が07年に開発した。障害や病気の有無、家族構成を考慮しながら、避難者の部屋割りや配置を考える仕組みで、熊本地震(16年)を経験した熊本県南阿蘇村の中学生が取り組むなど全国で実践されてきた。
40人以上の死者・行方不明者を出した九州北部豪雨(17年)の被災地・福岡県朝倉市。市立杷木(はき)小は、災害発生日にちなみ毎月5日を「防災の日」と定め、教員と児童が通学路の危険箇所などを確認し合う。塚本成光校長(53)は「命を守るために必要な知識を伝え続けている。教訓を忘れず、風化させないことが大事」と話す。
南海トラフ巨大地震による津波で校区全体が水没する恐れのある徳島県阿南市立津乃峰小はほぼ毎月、避難訓練を実施。掃除や授業中に予告なしで始まる訓練もあり、児童らが「津波が来るぞー」と叫びながら、運動場や近隣の高台に逃げる訓練が繰り返されている。同校の山本栄教諭(57)は「災害は突然やってくる。教職員も含め一人一人が適切な行動をとり、自分や周囲の人たちの命を守れる力を養いたい」と話す。
法令整備も進む。東日本大震災で1200人以上が犠牲になった岩手県大槌町は今春、18歳以下を対象に防災学習などを推進する「町子供の学び基本条例」を制定。教訓を後世につなぐため、教育目標に「防災に関する知識と行動様式を習得し、自助・共助・公助の精神を養うこと」との条文を盛り込んだ。地域住民を巻き込んだ避難訓練の実施など、より実践的な防災教育に力を入れる考えだ。
※この記事は2019年12月9日毎日新聞夕刊(大阪)に掲載されたものです。