ソーシャルアクションラボ

2020.04.08

高知 津波の被害を防げるか?/支局長からの手紙

※この記事は2019年12月16日付け毎日新聞朝刊に掲載されたものです

 「30年以内に70~80%」。高知の方ならピンとくる数字でしょう。南海トラフを震源とするマグニチュード8~9クラスの巨大地震の発生確率です。震度7の揺れが県内を襲い、津波の高さは黒潮町で34㍍、須崎市25㍍、高知市16㍍にも及びます。ただ、これらは最悪の想定で昭和南海地震(1946年)でこれほどの津波は起きていません。しかしこの時、県内だけで670人が犠牲になり、7万人以上が被災しています。将来〝必ず起きる〟地震からどのように身を守ればいいのでしょうか。答えの糸口になる視察ツアーに参加しました。

 人事院四国事務局が2019年11月中旬、高知港と高知海上保安部を巡る報道各社向けのツアーを開きました。個人的に興味を持ったのが、高知港の津波対策です。昨年の赴任以来、高知市中心部まで津波が襲ってくるシミュレーション映像を何度も見て気になっていました。津波は土佐湾から浦戸湾、市街地中心部までさかのぼります。

 高知港湾・空港整備事務所が作成した分厚い資料があります。高知港を襲う津波を二つに分類。数十年から百数十年の間隔で起きる「発生頻度の高い津波」は「レベル1」とされ、海岸に到達する平均の高さは6㍍です。これに対し、最大クラスの津波は「レベル2」で16㍍もの高さになります。高知市は県全体の47%の人口が集中し、浦戸湾周辺には学校や病院などの公共施設が多数あります。県内の石油系燃料の9割を供給する石油備蓄基地もあり、県民生活を支える大動脈です。

 津波をどうやって防ぐのでしょうか。基本的な考え方は、他の自然災害と同じく複数対策を構えています。外海に面した防波堤を第1ライン、湾の入り口の堤防を第2ライン、湾内の護岸などを第3ラインとしてそれぞれ強化する「三重防護」です。東日本大震災では防波堤が倒壊したことから、コンクリート製のブロックを動かない構造に補強。護岸などもかさ上げし、津波の高さに備えます。

 では、これらの対策で十分なのでしょうか。単刀直入に聞くと、発生頻度の高い「レベル1」では一連の対策により、津波の浸入を防ぐことができると言います。しかし、高さ16㍍の「レベル2」の場合、津波は防波堤などを越えます。その場合、目指すのは避難時間を稼ぎ、被害を最少にすることだと言います。つまり、ハード対策だけで津波の被害を完全に防ぐことはできません。

 地球が持つエネルギーは想像を超えています。これもよく知られていますが、地盤変動は高知の海岸部で絶えず起きており、室戸など県東部は地震により隆起を繰り返し、中部から西部にかけては沈降します。室戸市の港が道路からずいぶん下にあるのは土地が盛り上がったためですし、須崎市のリアス式海岸は土地が沈んだためにできた地形です。こうした変動は過去の話ではなく、長い地球の成り立ちから見ると、今現在起きていると言えます。地球にとって数百年や数千年という時間は、まばたきのような時間です。

 民主党政権が誕生した際、「コンクリートから人へ」という主張に世間はわきました。その後、東日本大震災が起きると一変。記録的な水害被害も各地で相次ぎ、災害を防ぐための公共工事が進んでいます。高知港の三重防護にかかる総事業費は少なくとも700億円。命はもちろん大切ですが、無尽蔵に支出できるわけでもありません。真新しい巨大なコンクリートも時を経て劣化します。いつ、どこに、誰のために資金を投じれば最も効果的なのか。地球に比べてあまりにも小さい存在の人間ができることは何なのか。今後13年かけて整備するという事業を見ながら、多くの考えが頭の中を巡りました。【高知支局長・井上大作】