2020.04.08
住民先手「4時間前」避難 氾濫備え独自ルール、台風19号で実践/長野
※この記事は2019年12月18日付け毎日新聞夕刊に掲載されたものです
2019年10月の台風19号により千曲川の堤防が決壊した長野市で、住民らが独自の避難ルールを作成し、市よりも早く高齢者らに避難を呼び掛けた地区がある。犠牲者が2人出て課題も残したが、専門家は「住民自ら避難情報を出すのは極めて珍しい。行政依存では助かる命も助からず、非常に良い取り組みだ」と評価している。【山下貴史、写真も】
独自ルールを作っているのは、住民自治組織「長沼地区住民自治協議会」(自治協)。長沼地区は、長野市の大町▽穂保(ほやす)▽津野▽赤沼――で構成され、約900世帯(約2300人)が暮らす。住民の4割ほどを65歳以上の高齢者が占め、避難に支援が必要な「要配慮者」は約185人いる。
長野・長沼地区
長沼地区は過去に何度も水害に遭ってきた。江戸時代の1742年には、千曲川が氾濫する「戌(いぬ)の満水」で168人が死亡、約300戸の家屋が流失したという記録が残っている。1983年の台風10号でも千曲川の堤防が決壊するなど広範囲で浸水被害があった。住民らは翌年から防災訓練を毎年実施し、反省会を開くなどしてきた。
自治協は2009年の設立。15年に避難ルールブックを完成させ、全戸配布している。ブックでは過去の経験を参考に、避難情報を出す目安の水位を算出。地区から約6㌔下流の立ケ花(たてがはな)観測所(長野県中野市)の水位が氾濫危険水位に達すると予想される時刻の4時間前に、住民らに避難情報を伝える仕組みを構築した。「4時間」は避難に必要と見込まれる時間だ。
自治協の柳見沢宏会長(68)によると、台風19号が接近していた10月12日は午後4時半に幹部が集合。午後5時45分に要配慮者の避難を決め、各地域に伝達した。赤沼では、副区長(副町内会長)を務める西澤清文さん(65)が仕切り、要配慮者の名簿を持つ民生委員らと連携。電話をかけ、要配慮者ごとに決めていた支援者らと避難するよう促した。
長沼地区住民自治協議会がまとめた避難ルールブックと防災マップを手にする小田信幸さん(右)と西澤清文さん=長野市赤沼で2019年10月26日、山下貴史撮影
長野市は今回、長沼地区には「避難準備・高齢者等避難開始」を出さず、午後6時に避難勧告を発令。午後11時40分に避難指示を出した。自治協の避難情報は、市の避難勧告よりも15分早かった。それでも西澤さんは「本番は訓練のようにはいかず、連絡が取れない高齢者もいた」と悔やむ。地区では浸水した住宅で遺体が見つかるなど高齢者2人が亡くなった。ブック作成時に自治協会長だった小田信幸・自治協事務局長(73)は「要配慮者を積極的にどうフォローしていくかが課題だ。個々の家庭事情をどう考慮するかを踏まえ、ブックを改訂したい」と話す。
日野宗門(むねと)・消防大学校客員教授(災害危機管理論)は「災害時の避難については、行政の指示待ちになる住民が多い。長沼地区の自治協のように、災害を自分のこととして捉えることが重要だ」と話している。