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2020.04.10

「鶴」地名に隠された歴史 谷川彰英 連載3

鶴にちなんだ地名の数々

 全国に「鶴」のつく地名は数多い。市・区レベルで言えば、山形県鶴岡市、埼玉県鶴ヶ島市、神奈川県横浜市鶴見区、京都府舞鶴市などである。その他小字などを含むと数えきれないほどの数になる。

 そして、その多くが日本を代表する鳥である「鶴」にちなんだ伝承に彩られている。例えば埼玉県の鶴ヶ島には、その昔ここの広い沼地に小高い島があり、そこに男松と女松が生えており、そこに鶴が巣ごもったことからこの名がついたという伝承がある。だが、これはあくまで伝承であって、真偽のほどはわからない。

北海道鶴居村を流れる雪裡川で羽を休めるタンチョウ

 はっきりと鶴にちなんで命名されたという地名も存在する。北海道の「鶴居(つるい)村」は、釧路総合振興局の阿寒郡にある村だが、これは1937(昭和12)年、特別天然記念物タンチョウの生息・繁殖地であることから命名されたものである。村の南部は釧路湿原を中心とする湿原・湿地帯で、まさに「鶴居村」がぴったりの村である。

 一方、お城の形が鶴のように優雅であったことからついた地名もある。会津若松城が「鶴ヶ城」と呼ばれたことは有名だが、地名としては「鶴」は残らなかった。京都府の舞鶴市の場合は、この地に築城された「田辺城」が「舞鶴城」と呼ばれたことにより命名されたと言われている。

名古屋の「鶴舞」も湿地帯

 「鶴」は縁起の良い美しい鳥なので、このように多彩なバリエーションで活用されてきたのだが、その裏には洪水に見舞われる影の歴史が秘められている。今回はここがポイントだ。

 皆さんの知り合いに「水流(つる)さん」もしくは「都留(つる)さん」という人がいないだろうか。「都留」は単なる当て字なので、もともとは「水流」と考えればいい。「水流さん」「都留さん」はその多くが九州出身のはずだ。

 「鶴」という美しい地名の多くが実は「水流」に由来している。「ツル」という所は、川が鶴の首のように細長く流れている場所を指している。言い換えれば川が増水すればすぐ洪水に見舞われる湿地帯を意味している。

 例えば、東京都新宿区の早稲田「鶴巻町」は元禄年間小石川村の田で鶴の放し飼いをしていて、それが飛来したことで鶴番人を置いたことによるとも言われるが、ここを流れていた蟹川が「ツル」のようであったことに由来するとも言われる。

鶴舞公園(名古屋市昭和区)のシンボルになっている噴水塔

 名古屋市の昭和区に「鶴舞(つるまい)」という町名がある。そこにあるJRと地下鉄鶴舞線の「鶴舞駅」は「つるまい」と読んでいる。ところが「鶴舞駅」を降りた目の前の公園は「鶴舞(つるま)公園」である。近くの「鶴舞小学校」も「鶴舞中央図書館」も「つるま」である。

 この混乱は、もともとこの地にあった「ツルマ」という字名に「鶴舞」という漢字を充てたことによるものだ。低湿地帯だった当地には精進川という川が流れていた。「ツルマ」は「水流間」であったのである。1905(明治38)に始まった公園造成の工事は09(明治42)年に完成し、町名は「鶴舞(つるまい)」としたが、公園名は「ツルマ」という字名を尊重して「鶴舞(つるま)公園」としたのであった。

「鶴の湯」も「水流の湯」だった?

 秋田県仙北市の乳頭温泉郷は個人的に全国でもトップに推奨したい温泉である。乳頭温泉とは乳頭山(標高1487メートル)の麓にあることからつけられた名前だが、その「乳頭山」とは秋田県側から見た山容が少女の乳首(乳頭)に似ているところに由来する。乳頭温泉には黒湯、孫六、蟹場(がにば)など7つの個性的な温泉が点在しているが、その代表格と言えば、やはり「鶴の湯」である。

まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような趣で、秘湯として人気が高い鶴の湯温泉

 鶴の湯の入り口に立ってみると、左手に陣屋と呼ばれる建物が続いている。まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような感覚に陥る。幅2メートルほどの川を越えると秘湯の魅力満点の混浴の露店風呂がある。この露店風呂は湯守の佐藤和志さんが湯小屋を修理していた時、偶然60度の源泉を発見してそのまま露天風呂にしたのだそうだ。

足元からお湯が湧き出す鶴の湯の露天風呂

 乳白色の露店風呂に身を沈めると、玉砂利の下からやや熱めの湯が直に湧いてくる。全国の温泉を歩いてみているが、このような露店風呂は極めて稀である。

 「鶴の湯」の由来として、その昔、マタギの勘助なる人物が鶴が温泉で傷を癒しているのを見つけたからという伝承があるが、それは後世作り上げた話と見ていいだろう。鶴の湯を知ってからすで30年がたつが、私はこの「鶴」は「水流」だと考えている。

鶴の湯の真ん中を流れる湯ノ沢。川が鶴の首のように細長く流れている

 温泉の真ん中を走る「湯の沢」と呼ばれる川は急流で水量も豊富、いつ洪水が起こっても不思議ではない。2006(平成18)年年2月に、鶴の湯の裏山で雪崩が発生したことがあった。これは洪水ではないが、湯の沢目指して雪崩が集中した点で、洪水に準ずる災害だということができる。

「水流」「鶴」「都留」は災害地名

 「水流(つる)」という地名は九州でも宮崎県に集中している。宮崎市大塚町水流、えびの市水流、都城市上水流(みづる)町などだが、いずれも河川の中流域に位置し、まさに「水が流れる」場所である。

都留市を流れる桂川にある田原の滝。同市は桂川に沿った山々に挟まれた平坦地に市街地がある

 山梨県の「都留市」も同様な背景を持っている。都留市は1954(昭和29)年、町村合併によって成立したが、「都留」という市名は古来あった「都留郡」に由来する。この「都留」という地名は桂川流域が富士山の裾野を「蔓(つる)」のように流れていることに由来するとされる。

 このように考えると、全国に散らばっている「鶴」地名の多くは「鶴」には関係なく、「水流」つまり「河川の流れ」に関係しており、水害に関係した災害地名であることがわかる。

 さらに「鶴」に関連した地名として、「鶴田」にも注目してみたい。青森県北津軽郡に「鶴田町」、秋田県横手市と宮城県大崎市、福島県伊達市に「鶴田」、熊本県人吉市と鹿児島県さつま町に「鶴田(つるだ)」などがある。これらの地域は小さな河川が「水流」のように流れ込んでいる低湿地帯であると推測される。

 鶴はこのような低湿地帯を好んで移住し棲息するが故に、「鶴」と「田」が結びついたと考えられる。(作家・筑波大名誉教授)=毎月第3木曜日更新