2020.06.11
コロナ拡大時の災害対応 避難所 悩ましい「3密」
台風19号で多くの住民が押し寄せた長野県佐久穂町の避難所=2019年10月12日
「一定の距離」保つと体育館が通常の半数で満員に
新型コロナウイルスの感染が広がる中、災害時の避難所運営について自治体が頭を悩ませている。今年早くも大雨に見舞われた地域では、密集状態になりやすい避難所での感染リスクを避けようと対応に追われた。専門家は、避難先に知人宅や宿泊施設を検討するなど避難の在り方も見直すべきだと提言している。
4月13日、大雨のため土砂災害警戒情報が出された千葉県鴨川市。市は午前11時10分、土砂災害警戒区域に住む34世帯80人に避難勧告を出し、公民館3カ所を避難所として開設した。
各避難所にはそれぞれ市職員2人と保健師1人を派遣。入り口に消毒用のアルコールとマスクを準備したほか、避難者の検温をしたり、保健師が健康をチェックしたりする態勢が取られた。体調がすぐれない人は個室に入ってもらい、異常のない人も広間で2㍍の間隔を取るよう指導することにしていた。
避難勧告は午後4時24分に解除され、実際に避難する人はいなかった。市危機管理課の滝口俊孝主幹は「避難者がいなかったのは、感染を心配した人がいたからかもしれない」と話す。
北海道標茶町(しべちゃちょう)では3月中旬、大雨と雪解け水の影響で町内を流れる釧路川が増水し、町は1192世帯(2410人)に避難勧告を発令した。避難所の一つとなった体育館ではマスクを避難者に配り、入り口に消毒液を置いた。
さらに避難者同士が一定の距離を保てるよう、床一面に敷いたビニールシートの上にテープで2㍍四方の枠をつくり、1枠に1人が入るよう促した。家族には、人数分の枠をまとめて用意した。その結果、通常は約500人収容できる体育館が半数以下の210人ほどで満員となった。町防災担当の伊良子(いらこ)一貴係長は「ただでさえ大変な避難所の運営にコロナ対策が加わると、避難者を分散させる必要が生じ、その分、職員の配置も難しくなる。都会ではもっと大変だろう」と語る。
避難所運営マニュアルに感染症対策を盛り込もうととする自治体もある。
千葉市は「3密」(密閉、密集、密接)を避ける方法を中心に、マニュアルへの追加を検討中だ。学校を利用した避難所では、体育館だけでなく教室なども活用する。すべての避難所に非接触型の体温計を設置するのは難しいため、あらかじめ避難グッズに体温計を備えるよう市民に呼び掛ける。風水害による避難情報が出る前は、市民にはできるだけ自宅に待機するか、安全な友人・親族宅への避難を要請。浸水に備えて上の階などに移動する「垂直避難」も改めて周知するとしている。【平井桂月、本間浩昭、加古ななみ】
専門家「大切なのは手洗いと積極的隔離」
新型コロナ流行下の災害避難対策に、専門家や国も動き出した。避難所では、これまでもインフルエンザやノロウイルスといった感染症が問題だった。「大切なことは、手洗いなどの一般的な予防策と積極的な隔離だ」。2011年の東日本大震災や16年の熊本地震で、避難所の感染症対応にあたった神戸赤十字病院の白坂大輔医師(消化器内科)は指摘する。
白坂医師によると、東日本大震災の1カ月後に岩手県内の高校の体育館に設置された避難所でインフルエンザが集団発生したが、患者を空き教室などに移動させ、近くにいた人には治療薬を予防投与するなどして、拡大を防いだという。
しかし新型コロナウイルス感染症にはワクチンや有効薬がなく、「一度陰性になっても再び陽性になる患者がいて、いつまで隔離していいか分からない」のが悩ましい点でもある。
このため、健康状態把握の難しさやエコノミークラス症候群が懸念される車中泊も、新型コロナ対策としては、集団感染の拡大を抑えられる可能性があるという。白坂医師は「災害の規模や種類、季節によっても柔軟に対策を検討する必要がある」と話す。
国は4月、自治体に避難所対策の通知を出し、過密状態を防ぐためできるだけ多くの避難所を開設し、民間のホテルや旅館の活用、知人宅への避難も検討するよう呼び掛けた。
また避難者の健康チェックや換気などの基本的な対策とともに、発熱などの症状が出た人に専用スペースを確保することも求め、軽症者への対応も事前に検討するよう要請した。
小山真紀・岐阜大准教授(地域防災学)は、災害現場での看護や防災の専門家の有志と共に、新型コロナ感染拡大の中での防災・災害対策について基本的な考え方をまとめ中だ。小山准教授は「単純に避難所の過密状態を避けるだけでは不十分だ。健康状態によって階段や廊下をゾーン(区分)管理したり、関わるスタッフを限定したりするなど、具体的な行動につながる考え方を示したい」と話した。【三股智子】
感染症拡大で「避難行動に影響」73% NPOが調査
新型コロナ感染拡大は災害時の避難行動に影響するか――。防災に取り組むNPOの調査に、回答者の4分の3が「影響する」と答えた。「3密」懸念が、避難行動の変化を促す可能性が浮かぶ。
NPO法人「CeMI 環境・防災研究所」(東京都)が4月、13都道府県で災害時の避難経験がある住民にインターネットで調査。10~80代の男女4837人が回答した。それによると、過去の避難行動を尋ねる質問には「自治体指定の避難所に行く」(41%)▽「知人宅に避難」(24%)▽「避難所などに行き、車中で過ごす」(19%)――と答えた。
現在の新型コロナ感染拡大が避難行動に影響すると答えた回答者は全体の73%。どういう行動をとるか複数回答で聞くと「マイカーで車中泊避難」(41%)▽「避難所に行くが様子を見て避難先を変える」(40%)▽「避難所に行かない」(23%)――などだった。
ただ、「避難所に行かない」との回答者は、避難所で適切な感染防止対策がとられる場合にどうするかを聞くと12%に半減した。自治体による感染防止対策によっては、市民の避難行動も変わりそうだ。
監修した松尾一郎・東京大大学院客員教授(防災行動学)は、「新型コロナ流行を受け、避難所の感染症対策はより厳格にする必要がある。梅雨の季節も迫り、避難先の多様化や避難所の環境整備を急ぐべきだ。住民も、体温計や数日分のマスクを備えるなどどういう避難がベストか事前に考えてほしい」と指摘する。【斎藤有香】
*この記事は2020年4月28日付、毎日新聞朝刊に掲載された記事です。