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2021.04.11

くねくね曲がる「クマ」は暴れ川 谷川彰英 連載11

3本の暴れ川

 このところ数年の河川の氾濫・洪水は凄まじいものがある。昨年秋の台風19号から今年7月に九州を襲った集中豪雨を見ると、次の三つの河川による被害が際立っている。

 長野県を流れる千曲川は日本一の長さを誇る信濃川の上流の長野県内を流れる部分の名称である。全長367㌔のうち、千曲川の長さは214㌔、新潟県に入って新潟市で海に注ぐまでの信濃川と呼ばれる部分の長さは153㌔となっている。214㌔という長さは天竜川を超える全国9位の河川となるわけで、それだけでも千曲川が大河であることがイメージされよう。

千曲川が決壊し(左)、浸水した長野市穂保の住宅街=2019年10月13日

 その千曲川を昨年10月、台風19号が襲った。長野市穂保で千曲川左岸が約70メートルにわたって決壊し、北陸・長野新幹線車両センターなどに広範囲に被害が及んだことはまだ記憶に新しい。

 福島・宮城両県を流れる阿武隈川は阿武隈山系を水源とし仙台平野に至る239㌔の長さを誇る、東北地方では北上川に次ぐ大河である。昨年10月の台風19号で、この阿武隈川も各地で堤防が決壊して大きな被害をもたらした。とりわけ宮城県丸森町では町の中心部がほぼ全域にわたって水没した。

急激に流れの方向を変えて流れる阿武隈川。流域の各所で堤防が決壊した=宮城県丸森町で2019年10月15日

 そして3つ目は熊本県の球磨川である。球磨川は県南部を流れる同県最大の河川であり、最上川・富士川と並んで日本三大急流の一つとして知られる。上流の球磨郡から流れてくることからこの名があり、人吉盆地から球磨村にかけての急流は川下り(ラフティング)の名所として知られる。

 今年7月の豪雨で球磨村の特別養護老人ホーム「千寿園」が水没し、14人の犠牲者を出したことは痛ましい被害として記憶に残る。

“クマ”が共通

 この三つの河川が氾濫し多くの被害をもたらしたのは単なる偶然と言えるのか。そうではなく、地名学的な視点で見ていくと思わぬ共通点が浮き彫りになる。それは、3川ともその名に“クマ”という字を使っていることである。

 そもそも地名の由来を探る際に注意すべきなのは漢字に惑わされないことである。中国から漢字がもたらされるまで、地名は音(おん)で伝えられてきた。漢字は当て字としてあてがわれてきた。

 「千曲川」「阿武隈川」「球磨川」に共通するのは“クマ”という音である。漢字は「曲」「隈」「球磨」と異なっているが、大きくとらえれば二つの意味がある。

 一つは「曲」に象徴されるように「川が曲がっている」状態を指している。千曲川の由来については、伝承に基づく「血隈川」説、信濃国の郡名からとったという「筑摩川」という説もあるが、いずれも根拠に乏しい。やはり、千曲川の由来は多くの曲流に由来すると考えてよい。

 もう一つの説は「隈」に代表される「入り込んだ奥まった所」という意味である。実は「隈」と言う地名は圧倒的に九州に多い。特に福岡、佐賀、熊本の3県に集中している。人名でも佐賀県出身の大隈重信など著名人も多い。熊本も元は「隈本」だったのだが、加藤清正が「隈本」はマイナスのイメージがあるので勇ましい「熊本」に改称したという経緯もある。

 阿武隈川の「隈」も同様な意味である。阿武隈の由来として「あふ熊」で「熊に出会った」ことによるとする説もあるが、いかにも素人の考えそうな話である。古代には「安福麻」、中世以降は「逢隈川」「青熊川」などと表記されたとのことだが、その中に「合曲川」という表記があったという。これこそ「隈」の本質を解き明かす鍵となる地名である。つまり、「隈」という「入り込んで奥まった」地点は「曲流」しているということになる。

写真下から右上へ流れ、急激に左へ流れの方向を変えている球磨川。氾濫による浸水被害で泥水が残ったままの熊本県人吉市の田んぼ=2020年7月5日

 球磨川の「球磨」は“クマ“の単なる当て字と考えてよい。昔、熊本市から人吉市まで車で回ったことがある。どこまでも深い山の中を走るのみで、この先に人家があるのか不安に思うほどの山中だったが、そのうちポッカリと人吉盆地に出た。その時感じたのは、球磨郡の「球磨」は九州山系の「隈」すなわち「入り込んだ奥まった所」に由来するのではないかということだった。

「熊野川」も…

 千曲川・阿武隈川・球磨川に共通するのは“クマ”すなわち「奥まった山間部をくねくね曲がって流れる」といった地形である。千曲川は佐久平や善光寺平など平野部を流れる印象があるが、小諸城址から見る千曲川のように随所に“クマ”は見受けられる。

“クマ”は「曲」「隈」「球磨」以外に容易に「熊」に転訛する。奈良県の十津川村から和歌山県新宮市に流れる熊野川も同じで、「クマ川」の典型と考えていい。2011(平成23)年の台風12号では死者72人、行方不明16人,床上浸水2162戸、床下浸水1160戸の被害をもたらしている。(作家・筑波大名誉教授)