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2021.11.04

「蛇」には土石流のメッセージが? 連載21 谷川彰英

「蛇」のつく地名

 今年7月3日、静岡県伊豆地方を襲った集中豪雨によって発生した熱海市での土石流はすさまじいものであった。テレビに映し出された映像を見た人は、土石流のすさまじさを改めて実感したであろう。熱海市の場合は、谷の上に多量の盛り土がされていたということで人災とも考えられるが、日本列島には至る所に土石流常襲地と見られるところがある。そして面白いことに、それらの多くには「蛇」の地名がつけられてきた。「蛇崩(じゃくずれ)」「蛇喰(じゃばみ)」「蛇抜け」などである。いずれも水害を伴った崩壊地名である。

 2014(平成26)年8月20日、広島市に集中豪雨が襲い、それにより大規模な土石流が発生したことは記憶に新しい。死者・行方不明者74人、家屋の全半壊65戸、1000人以上が避難するという大惨事となった。その多くは住宅地が入り込んだ山合の傾斜地であった。広島市は平野部が少ないことに加えて、戦後人口が急増したことにより(現在約120万人)、本来は住居に適しない危険なエリアに宅地造成が進められた。

2014年の大規模な土砂崩れで、泥で埋まる広島市安佐南区八木地区と阿武山=2014年8月20日

 がけ崩れは広島市内で59カ所確認されているが、そのうち56カ所が安佐北区と同南区に集中していた。大きな被害をもたらしたのは阿武山(標高568メートル)で、ほぼ同時に18カ所で土石流発生したという。その地区の一つ、八木地区で興味深い報道があった。それは同地区が「蛇落地悪谷」(じゃらくじあしだに)と呼ばれていたというものである。これは明確な土砂災害を示唆する地名である。

 「蛇落地」とは「蛇崩」などと一緒で、蛇によって崖が崩壊するという伝承を今に伝える地名である。また、「悪谷」とはよくぞつけたと思わせる地名で、もともと人が住んではいけない土地であることを示唆している。

 「蛇落地悪谷」では余りにイメージが悪いということで、「上楽地芦屋」と改称され、現在の「八木」になったとのことだが、家を流された住民は、「上楽地芦屋」と改称された地名に惑わされたことになる。

 行政側は、「蛇落地悪谷」などという地名は文献上確認されていないと弁明したようだが、当たり前の話である。地図に記載される地名などはほんの一握りでしかなく、ましてやイメージの悪い地名など記録に残るべくもない。

 実は、この地区の阿武山には大蛇伝説が伝えられている。八木地区には昔から大蛇が棲(す)んでいて、村人を困らせていたという伝承がある。香川勝雄(かつたか)という武将が退治したとか、戦国期の八木城主が大蛇の頭を切り落とし、それを記念して建てられた「蛇王池」の碑があるなど諸説ある。

蛇にまつわる伝説は全国各地に

 蛇にまつわる伝説は全国に残されているが、それらの多くは蛇を「悪者」に仕立てる話である。蛇が村にしばしば現れ「悪さ」をしていたので、武将などが退治したという話である。阿武山の伝説などはその典型だが、蛇の行っていた「悪さ」とは、すなわちがけ崩れ・鉄砲水などの土砂災害だったといえるだろう。江戸時代までは地震は地下にいる鯰(なまず)が暴れることによるものだと信じられていたが、それと同じ理屈で土石流は蛇の仕業と考えられてきたということだろう。

現在は暗渠となり、緑道公園として整備されている蛇崩川。東京都世田谷区三軒茶屋の環七通り(環状7号線)の駒留橋から下流方向を見る。右の写真はほぼ同じ場所で1962年3月に撮影された蛇崩川(池田信さん撮影)

都内にもある「蛇」地名

 冒頭で触れたように、「蛇」のつく地名は多い。「蛇崩れ」などそのものずばりの地名だが、東京のど真ん中に「蛇崩川」という川が流れている。世田谷区から目黒区にかけての二級河川で、目黒川に注いでいる。現在は暗渠(あんきょ)になっていて緑道公園が設けられており、目黒区目黒4丁目の野沢通りに「蛇崩」という交差点が残っている。広島の「蛇落地」とは直接関係ないが、蛇にまつわる崩壊地名としては同じである。

 長野県南部では土砂崩れのことを「蛇抜け」と呼んでいる。あたかも山の地中に潜む大蛇が抜け出していく様を彷彿とさせる。そう書いてくると、いかにも蛇は「悪者」扱いばかりされてきたように思われがちだが、実はそうでもない。

 蛇はその異様な姿から人々や村を守ってくれる神様として崇められる信仰の対象でもあった。また金運をもたらすとして、商業高校の校章に使われていることもある。「蛇」への信仰から「蛇」という文字に変えた地域もある。群馬県富岡市に「南蛇井」(なんじゃい)という変わった地名がある。ここも鏑(かぶら)川沿いの崩壊地として知られるが、この地は「南才」(なんさい)と呼ばれていたが、後に「南蛇井」に変えたという。近くには「蛇宮(じゃぐう)神社」もある。蛇とのつきあいもさまざまだ。(作家、筑波大名誉教授)