ソーシャルアクションラボ

2022.03.24

防災リーダーの育成にBCP 企業ができる水害対策とは

 2018年は西日本豪雨や台風21号などによる大規模な水害が発生し、多数の死傷者、家屋などへの被害だけでなく、鉄道や港湾、空港などインフラへの被害も深刻で、企業活動へも大きな影響を及ぼした。日本経済の中心となる東京23区の約8万社で構成する東京商工会議所(東商)は、国土交通省水管理・国土保全局と防災協定を結び、防災・減災対策で連携した取り組みの強化を目指している。東商の山田隆持・災害対策委員長(NTTドコモ・シニアアドバイザー)と塚原浩一・水管理・国土保全局長(2019年2月当時)に、都市での災害リスクと企業防災の重要性について聞いた。【聞き手・構成 猪狩淳一】※この対談は2019年1月に行われ、同年2月18日毎日新聞朝刊に掲載されたものです。肩書は当時。

西日本豪雨では企業活動が停滞する場面も

 ――昨年の西日本豪雨はじめ、近年の自然災害は予想を上回る大きな被害を出している。

 塚原 昨年7月の西日本豪雨、台風21号、24号、その前年は九州北部豪雨もあり、さらに2016年、東北、北海道で台風が直撃するなど地域に深刻な影響を与える大きな災害が続いた。15年には関東・東北豪雨で鬼怒川の堤防が決壊するなど、非常にインパクトのある災害が起きている。豪雨の発生数を見ても、ここ30年間で1時間に50ミリ以上の豪雨発生件数が約1・4倍になった。豪雨のレベルは12年以降、全国1300地点の約3割で「観測史上最大」記録を更新するなど気候変動による影響を認めざるを得ない。

 ――水害の企業活動への影響と都市部での水害のリスクは。

 塚原 水害にさまざまな形態があり、今回岡山県倉敷市真備町のような大河川の堤防決壊や九州北部豪雨で多発した中小河川の被害、さらに都市部で下水道の容量を超える内水の被害や、土砂災害との複合的な災害など、さまざまなリスクを認識して対処する必要が出てきた。特に東京の場合、荒川や利根川という大河川が氾濫すると、ゼロメートル地帯を中心に長期間にわたる浸水が続く恐れがある。首都直下型など巨大地震への対策を含め事業継続計画(BCP)の取り組みをしっかりやっていく必要がある。西日本豪雨では道路や鉄道、浄水場などのインフラに大きな被害があり、サプライチェーンへの影響も大きく、企業活動が停滞する場面もあった。

高潮で浸水した関西国際空港の1期島=本社ヘリから2018年9月4日、幾島健太郎撮影

 ――企業側での防災・減災の備えは。

 山田 東京商工会議所は東京23区の約8万の企業が会員となっている地域総合経済団体だ。日本では企業数の99.7%が中小企業で、そこが雇用の7割を担っている。委員会としては、大規模災害の増加や、20年の東京オリンピック・パラリンピックを見据え、首都圏の都市防災力の強化、会員企業の防災・減災対策促進に資する活動を展開している。国にはインフラ整備などのお願いをしているが、企業としては「自助・共助」の意識を強く持って取り組んでいきたいと考えている。防災意識の強化について、首都直下地震の被害想定の認知度向上▽帰宅困難者対策▽家族との安否確認訓練▽BCPの策定支援▽防災リーダーの育成支援――という五つのポイントを重視している。特に家族との安否確認訓練では昨年8~9月に約350社から約3万人の従業員・家族が参加した。

災害時にBCPに基づく行動を取れるかが重要

 ――特に水害への備えの課題は。

 山田 昨年5月には国交省水管理・国土保全局と東商が、東京の防災力向上のための連携協定を締結し、今年1月からは東商の全会員約8万社に水害を含めた防災・減災対策の促進、各地域の災害リスク等を周知する強力なキャンペーンを展開しているが、東京での水害についての危機感が薄いのが現状だ。会員企業に毎年実施している防災・減災に関するアンケートでは大規模な水害発生時の被害想定を把握している企業の割合は48.2%で、地震より低く、約8割の企業が水害への対策を講じていない。水害を想定したBCPの策定も11・1%と非常に低いのが現実。独自にBCP策定支援講座を開催しているが、官民を挙げてさらなる取り組みや工夫が必要だ。

 ――国としての対応は。

 塚原 国交省でもダムや堤防の整備などのインフラ整備は進めているが、ハードでだけではなく、ソフトを含めた「水防災意識社会」ということで、リスクをしっかり認識して対応していくことが重要。水害についてはこれまでおおむね100年から150年に1度の確率の洪水についてハザードマップを作製していたが、思い切って科学的に想定される最大規模の洪水でハザードマップを作製した。BCPについても地震への備えと水害への備えは違うところがある。例えば、非常用電源は地震の場合地下に置いてもいいが、水害の場合はだめ。水害は水害のリスクをしっかり分析して、対策を取らないといけない。水害に対するBCPのガイドラインはあるが、活用が十分ではない。対策を進めるためにも意識を高めていきたい。

 ――BCP策定での課題は。

 山田 企業のBCP策定は当然必要だが、策定しているだけでは絵に描いた餅。災害時に各企業がBCPに基づく行動を取れるかが一番大事だ。東商の調査では、BCPを策定済みの企業の約6割が、計画の点検や見直しを進めている。近年の大きな災害を見て、被害想定の見直しや、教育訓練の実施をしている。この割合がぜひ高まるように、今後さらに周知、啓発を実施していきたい。また、サプライチェーンを通した訓練を実施する場合、複数の企業や関係機関の連携が不可欠で、政府や自治体の後押しをお願いしたい。

 塚原 誤解を恐れずにいうと、政府の災害対策は被災者、避難者対策、人命救助が優先される。緊急輸送路も最初は被災者への物資の輸送とか、救命救助のために消防や警察、自衛隊が優先される。物流とかサプライチェーンへの考慮は次の段階とならざるを得ない。一つの企業で備えるのは難しい部分があり、東商の役割は大きい。国交省としても共に取り組みたい。

防災・減災の知識を持つリーダー人材の育成を

 ――山田委員長は東日本大震災当時、NTTドコモ社長として災害対応の陣頭指揮を執られたが、そこから得た教訓は。

 山田 大事なのは情報共有。本社と現場の間で被災状況、復旧状況をしっかりと共有し、次に指揮命令系統を一本化し、現場は現場に任せる。最後は食料などの兵站(へいたん)を本社が最重要でやること。さらに重要なのは経験した災害に学んで、新たな対策に生かすことだと思う。阪神大震災を経験したが、その教訓を生かしてNTTは災害用伝言板サービスを作った。東日本大震災では、電話がかかりにくくなったが、メールは少し遅れても確実に届いたので、データ化した音声をメールアドレスではなく電話番号で届ける災害用音声お届けサービスを開発した。さらに、実感したのはリーダー人材の重要性。NTTドコモでは、私を含め、東北支社の幹部社員全員が防災士の資格を取っており、その他の地域でも資格取得を進めている。

 ――リーダーの育成が重要だと。

 山田 防災士の資格を取りにいって学んだことは多い。そのうちの一つに避難所の運営は行政がやってくれると思っていたが避難している人の中からリーダーを選んで運営することを初めて知った。特に東京のような人口が多い都市では、公的援助が行き届かず、3~5日間は自助・共助で何とかするしかない。そうした現場では、防災・減災の知識を持つリーダー人材が、その地域をまとめていくというのが非常に重要だと思う。

 塚原 地域も、防災情報を出されても、個人では避難などの判断がつかないこともある。自治会レベルなどで、防災士のような知識を持ったリーダーが判断をしたり、事前から訓練したりということをしていれば被害が違ってくるだろう。東京の場合は、昼間は企業人口が主体を占める被災地になる。そういう意味では、企業が被災者でもあり、支援者でもあり、なおかつ経済活動としての企業活動も維持しなきゃいけないという、三重の役割を担う形になる。そこで防災意識を持った人材の育成は重要。国交省としても、BCPの策定や訓練を含め、一緒に議論をしながら深めていきたい。

 ――人材育成での課題は。

 山田 防災関連の資格を持つ従業員がいる企業は、まだ12・7%にとどまっている。だが、リーダー人材の育成に前向きな企業は63・9%と高い。委員会でも、会員企業に対して防災士などの関連資格の取得や研修を通じて人材を育成する重要性を広める活動をしていきたい。また、避難所のリーダーがほとんど男性で、もっと女性の声や視点を反映させる必要があると思う。企業、地域における防災・減災活動では、男性、女性それぞれがその特性を生かして、しっかり協力していくことが重要であって、防災担当を担う女性リーダーの育成に、官民挙げて取り組んでいく必要がある。数値目標を設定するなど、国交省の後押しをお願いしたい。

 塚原 私たちの問題認識としても最後は「人」だと思う。行政にも、自治体にも人材が十分ということではない。いざというときにしっかりした知識のある人材がいるといないとで、特に初動や、復旧・復興に向けてのスピード感が全然違ってくる。自治体、企業も含めて、人材育成に取り組んでいきたい。

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 ■ことば

 ◇BCP

 「Business continuity planning(ビジネス・コンティニュイティー・プランニング=事業継続計画)」の略称。自然災害などが発生した際、企業が事業活動を早く再開し、継続するための手順をまとめた計画。従業員の安否確認や、原料の調達・輸送・被災した事業所の代替手段の確保などを事前に定める。

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 ■人物略歴

 ◇山田隆持(やまだ・りゅうじ)氏

 東京商工会議所災害対策委員長、NTTドコモ・シニアアドバイザー。兵庫県出身、1973年大阪大大学院修了後、電電公社(現NTT)入社。同社副社長などを務め、2008年NTTドコモ社長に就任。同相談役などを経て18年から現職。

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 ■人物略歴

 ◇塚原浩一(つかはら・ひろかず)氏

 国土交通省水管理・国土保全局長(2019年2月当時)。東京都出身、1985年東京大大学院修了後、建設省(現国交省)入省。九州地方整備局企画部長、水管理・国土保全局防災課長、同河川計画課長、中部地方整備局長などを経て、2019年3月まで水管理・国土保全局長。現在、京都大学経営管理大学院客員教授。