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2022.10.21

台風14号で被災の牛、救ったのは刑務官 宮崎、発生1カ月

 宮崎県内に大きな被害をもたらした台風14号から1カ月が過ぎた。各地で土砂崩れや道路の崩落が発生し、いまだ復旧作業が続いている。県北西部の椎葉村(しいばそん)では一時、孤立状態になった畜産農家の牛たちが元気な姿を取り戻した。命をつないだのは意外な職業のボランティアだった。

 台風14号の通過に伴う豪雨と暴風がピークを過ぎた9月19日朝、椎葉村大河内の畜産農家、黒木吉美(よしみ)さん(72)は自宅から約1・5キロ離れた牛舎の様子を確認しに向かった。普段使う村道は所々で陥没し、車は通れなかった。大小の石があちこちに転がり、川のように水が流れる道をかき分けて歩を進めた。

 幸い建物と飼育する25頭の黒毛和牛に目立った被害はなかったが、黒木さんが住む集落につながる国道が寸断され、外から牛の餌を運んでくることができなくなった。予備の飼料はあったが、せいぜい2~3日分。やむなく餌の量と回数を減らした。毎朝餌やりの度に何かを訴えるように鳴く牛を見るにつけ、眠れない夜が続いた。

 そんな時、黒木さんの妻の同級生で、村出身の会社員、山本孝志(たかし)さん(66)=熊本県合志市=が古里の窮状を知り、動いた。元京都刑務所長だった山本さんは、宮崎、熊本、鹿児島の各刑務所で働く20~50代の刑務官6人を集め、約1週間後の25日朝に現地入り。1本約80キロのロール状のわら9本を確保し、山中の抜け道を使って軽トラなどで送り届けた。

 山本さんは刑務所勤務時代から、受刑者の立ち直りには地域住民の理解が不可欠と感じていた。そのためにも「まずは(受刑者に接する)刑務官が地域に貢献する必要がある」との思いがあり、災害時に刑務所が被災地を支援する仕組みを検討してきた。

 ただ、刑務官が公務として活動するのは難しく、休日を利用して有志の刑務官に参加してもらった。山本さんは「刑務所は全国にあるので、刑務官を中心とした被災者支援のネットワークをつくっていきたい」と話す。

 宮崎県によると、10月19日現在で孤立状態はすべて解消されたが、県内の被害額は道路などの土木関係が約404億円、農作物など農業関係が約144億円など計700億円超に上るという。

 台風14号から1カ月たった19日、黒木さんは日常を取り戻した牛たちを前に穏やかな表情を見せた。一時はあばら骨が浮き出るほど痩せた牛もいたが、山本さんらが届けた餌を食いつなぎ、台風前の体格に戻った。黒木さんは「(助けてくれた刑務官たちには)感謝しかない」。【一宮俊介】

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