2023.03.24
「生物多様性の危機、直視を」 若手活動家・矢動丸琴子さんの訴え
100万種の動植物が消滅の危機に直面し、恐竜が地球上から姿を消すなど過去5回あった大きな絶滅に続く「第6の大量絶滅時代」とも呼ばれる現代。若者の立場から自然環境保護について情報発信や政策提言を行う一般社団法人「Change Our Next Decade(略称COND、コンド)」代表理事の矢動丸琴子さん(29)に、生物多様性の現状や活動への思いを聞いた。【聞き手・大場あい】
――生物多様性の問題など環境保護活動を始めたきっかけを教えてください。
◆大学院の博士課程に進学した2018年に、専門性を養えるアルバイトをしたいと思い、国際自然保護連合(IUCN)日本委員会の事務局で働き始めました。そこで初めて国連生物多様性条約の会合に参加する機会を得ました。
日本では環境保護に高い関心を持っている若者でも、学校や就職活動を優先し、空いた時間に環境問題の活動をする人が多いように感じていました。会合に来ていた他の国のユース(若者)は、生物多様性が危機にひんし、その影響が生活にも及んでいる現状を必死に訴えていました。日本に住む私たちも同じ世界で生きているのに、何もしないでいいのだろうかと考えるようになりました。
人類が生きる基盤に多数の「不具合」
――「生物多様性」は、なかなか理解するのが難しい言葉です。
◆私は「私たち人類が生きる基盤」だと説明するようにしています。「生き物がたくさんいる状態」だと思われがちですが、それだけではありません。生物同士のつながり、そのシステムのバランスの上に私たちの生活が成り立っています。食べ物、薬、きれいな空気をはじめ、私たちが快適に生きるための大本になっているものです。
巨大な網を想像してください。1、2カ所切れても網全体の機能にそれほど問題はありません。でも、今の地球の生態系システムの「網」は人間の活動によって、ものすごいスピードであちこちが切れ、どんどん穴が大きくなり、生態系システムのいろいろなところで「不具合」が起きている状態です。気づいたときには手遅れとなり、食料など人間が必要なものがなくなっている恐れがあります。
――どういったところで「不具合」が起きているのでしょうか。
◆例えば、新型コロナウイルスのような新たな感染症の発生は、これまで出合うことのなかった動物由来の病原体に人が感染することが一因といわれます。森林開発などで人が野生動物の生息地に入り込み、生態系のバランスが崩れたことが関係しています。
身近な食料では、かつて大量に取れていたサンマが不漁になったり、逆に暖かい海域に生息するブリが北海道でたくさん取れるようになったりしたという話もあります。目に見えるような変化が起きているのは、既に生態系で何か異常なことが発生しているためではないでしょうか。
気候変動の影響もあります。温暖化が進めば、野生生物が生息地を失うなどして生物多様性がますます失われる恐れがあります。ただ、気候変動対策で山林を切り開いて太陽光パネルを設置することなどにより、生態系に悪影響を及ぼすケースも指摘されています。気候変動対策は喫緊の課題ですが、生物多様性の喪失も同じくらい切羽詰まった問題です。いずれの対策も相互の影響を考えた上で実施しなければいけないと思います。
「現場の人を巻き込むことが必要」
――22年末にカナダで開催された国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)では、生物多様性の損失を止め、回復に向かわせることを目指す新しい国際目標が採択されました。
◆目標が決まり、世界各国が「これからどうしたらいいか」という方向性が分かるようになったのは良かったと思います。これに基づいて、日本でも新しい国家戦略が策定されます。
23項目ある新目標のうち、「30年までに陸と海の少なくとも30%を保全する」という項目が報道などでよく取り上げられています。私が注目するのは、「先住民族、女性、子ども、若者、障害者らの意思決定への参加を確保し、環境人権擁護者の保護を確保する」という項目です。環境人権擁護者とは、生態系の破壊など環境問題によって脅かされる人権を守るために活動している人や団体のことです。途上国では、こうした活動をする人たちが「政府や企業に抵抗している」などとして殺害されるケースが相次いでいるのです。
国際会議に参加する人たちだけで目標などを決めても、現場にいる人たちを巻き込まないと生物多様性の危機はなかなか改善されないように感じます。先住民族ら実際に被害に直面している人たちが会合に参加し、「自分たちの生命、生活を守るために何が必要か」と議論した上で対策を決める必要があります。項目にある通り、当事者たちが政策決定の際に対等な立場で参加できるようになることを強く願っています。
――今後どういった活動をしていきたいですか。
◆個人的には、人の行動を変えていくためのコミュニケーションについて関心があります。気候変動対策も生物多様性の保全も、興味を持っていない人たちの意識や行動が変わらないと、取り組みは広がらないと思います。
私自身、以前から自然や野生生物に強い関心を持っていたわけではなく、「こうすべきだ」などと考えを押しつけられるのも苦手です。でも世界中に困っている人がいて、自分たちの快適な生活も脅かされていることを知り、現在の活動に至っています。関心のない人にどうやって働きかければ受け入れてもらえるのか。よく考えて、実行してみたいと思います。
若者で結成、環境省に政策提言も
矢動丸さんがCONDを設立したのは19年。アルバイト先のIUCN日本委員会の上司に「COP15に向けてユースは何かしないの?」と聞かれたのがきっかけだった。「自分が住む地域で行動を起こしたい」という若者を「生物多様性ユースアンバサダー」に任命し、今後10年で必要な取り組みを考えるプロジェクトの実行委員会のような組織としてスタートした。
活動は1年限定の予定だったが、メンバーから「もっと続けたい」との声が上がり、21年に法人化。生物多様性関連の国際会議に参加するだけでなく、環境省や東京都の会議で政策提言などもしてきた。西インド洋の島国モーリシャスの沖合で商船三井(東京)運航の大型貨物船が座礁し重油が流出した20年7月の事故を受け、現地の若者と共同で事故の影響や海洋保全の問題について考えるオンラインイベントも開催するなど、活動の幅を広げている。
矢動丸琴子(やどうまる・ことこ)
1993年、千葉県生まれ。千葉大大学院園芸学研究科の博士後期課程在籍。専門分野は環境健康学、人間植物関係学、環境教育学。
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