2023.03.29
ピーク時4000人の富士山登山者、どう避難 噴火避難計画に戸惑い
その威容や高さ、存在感から「日本一の山」と称されることも少なくない富士山。世界文化遺産に登録され、国内外から多くの観光客が訪れる日本最高峰は、気象庁が常時監視する活火山でもある。29日に公表された「富士山火山避難基本計画」は登山客に対し、噴火する前に帰宅を促すことを明記した。観光客を受け入れる地元の人たちには、戸惑いが広がる。
「数千人をどう早期下山させるか。『5合目の対策』が必要ではないか」。こう注文をつけるのは、山梨県の富士五湖観光連盟の上野裕吉・専務理事だ。
富士山の北側、山梨県側にある吉田口登山道は、コロナ禍前は年間の富士登山者の約6割に当たる約16万人が利用。上野さんら地元の観光業者が懸念するのは、登山道の入り口がある5合目から頂上までの避難対策だ。5合目は県が管理する有料道路「富士スバルライン」の終点で、300台収容の駐車場や土産店、飲食店もある。頂上までの登山道には計16軒の山小屋が連なり、ピーク時は1日約4000人が滞在する。
新たに公表された避難計画では、5合目の観光客や登山客について、気象庁が示す噴火警戒レベル(5段階)が、火山活動が高まって警戒が必要な状態とされる「レベル3(入山規制)」となる前の段階で、下山を指示するとされている。異変があった場合に気象庁から出される臨時情報を受けての対応だ。
だが、山頂から吉田口登山道の5合目まで下山して戻ってくるには約4時間かかるとされ、その間に噴火に見舞われる可能性もゼロではない。登山道やその周辺は混乱が予想される。さらに、富士スバルラインの終点の3~4キロ手前には、小・中規模の火口跡が集中している。富士山が噴火した場合、溶岩流や噴石、火山灰により道路が遮断される恐れもある。
富士山は高齢の登山客も多いため、ふもとまで徒歩で下山するのは現実的ではない。このため、上野さんら富士五湖観光連盟の関係者は、非常時に登山客が避難できるよう、普段は一般車両が通れない県管理の林道を活用することを提案している。
吉田口の5合目付近の売店やレストランは、インバウンド(訪日外国人客)も大勢訪れる。日本山岳会静岡支部の前支部長、有元利通さん(73)は、火山を知らない海外の人たちを心配する。「いざというときにパニックを起こさないよう、行政や山岳ガイド、ツアー会社などは避難情報の周知を徹底する必要がある」
登山道沿いには防災無線のような拡声機はなく、頂上付近は場所によっては携帯電話が通じない。7合目で山小屋を経営する中村修さん(74)は「従業員も避難しなければならないが、状況を判断できる情報が行政側から提供されるかどうか」と不安げだ。
観光産業全体への打撃は判然としない。噴火警戒レベル3以上が続き長期化しかねない。噴火警戒レベルが下がったとしても、営業できる状態に戻すまでには一定の時間を要することになる。6合目から頂上に位置する7軒の山小屋経営者で作る「富士山表富士宮口登山組合」の山口芳正組合長(65)はぼやくように話した。「警戒レベルが上がるとその年はほとんど営業できないのではないか。廃業になるかもしれない」【山本悟、最上和喜、島袋太輔】
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