ソーシャルアクションラボ

2023.04.27

「スポーツで“ユニファイド”な社会を」 有森裕子さんの信念

元女子マラソン選手で五輪メダリストの有森裕子さんは、知的障害者にスポーツの機会を提供し社会参加を応援する「スペシャルオリンピックス(SO)」の活動に長年携わっている。今年3月に15年務めた公益財団法人SO日本の理事長職を退き、新たに「ユニファイドスポーツアンバサダー」に就任した。「知的障害のある人とない人がコミュニケーションを取りながら一緒にプレーをするのがユニファイド。共生社会を実現する一つのアプローチになる」と有森さんは力を込める。【聞き手・明珍美紀】 ――「ユニファイド」は英語で「統合された」という意味ですね。ユニファイドスポーツの特徴は何でしょうか。 ◆知的障害のあるアスリートと、知的障害のない人(パートナー)がチームメートになって競技します。 三つのモデルがあり、一つ目は「コンペティティブ」といって競技性が高いもの。メンバーは同年代で同じ程度の競技能力があり、競技に必要な技術や戦略を理解して身につけている必要があります。次に「プレーヤーデベロップメント」。チーム内で競技能力の高いプレーヤーがチームメートに対し技の上達などを支援します。三つ目の「レクリエーション」はアスリートとパートナーが競技能力や年齢にかかわらずスポーツを楽しみます。 気づきもたらす障害者とのプレー ――米国にあるSOの国際本部が普及、推進に力を入れ、ユニファイドスポーツの国際大会も行われていますが、どのような競技があるのでしょうか。 ◆サッカーやバスケットボール、ボウリング、卓球などの競技で行われています。日本では2016年にユニファイドスポーツ単一での国内大会として全国ユニファイドサッカー大会を初めて開催し、2年後の米シカゴでの国際大会に福島県のチームを日本選手団として派遣しました。 サッカーならゴールにボールを入れる。バスケはリングにシュートする。そうした一つの目標に向かって共にプレーするためには、コミュニケーションが必要です。プレーをするうちに互いを知っていく。知的障害のある人と普段接する機会がない場合、理解と気づきがスポーツを通してもたらされることになります。 アートや音楽を障害のある人と一緒に楽しむ取り組みもありますが、スポーツはチームワークやコミュニケーション能力、勝敗を通して相手を尊敬する心を育みます。健康や体力づくりにも寄与します。 「チャンス」が重要 ――SOの活動にかかわるきっかけは。 ◆20年あまり前にSOの関係者から「知的障害のある人たちにスポーツをする機会を提供する組織」との説明を聞きました。学校では体育の時間があり、部活動があり、私たちにはスポーツをする機会が当たり前のようにある。知的障害のある人はその機会が少ないことに驚きました。 私自身、生後2カ月で両足股関節脱臼と診断され、乳幼児期はギプスをはめていました。少しずつよくなったものの、足が思うように曲がらず、よく転んでいました。小学5年生のころ、陸上部の顧問の先生が「みんなと違っていい。その違いを生かせるものを探そう」と言ってくださり、自分が変化した。中学校の運動会で800メートルを走って1着となり、それを機に高校で本格的に陸上に打ち込むようになりました。 人間にとって、チャンスがあるということはどれほど重要なことか。私の経験を生かしてお手伝いできることがあれば、ぜひやりたいと考えました。 ――SOの大会で印象的なことはありますか。 ◆理事長になる前のドリームサポーター時代、アイルランドで03年に開催された世界大会に応援に行きました。実際に競技を観戦すると、結果に対するアスリートたちの感情表現はオリンピックやパラリンピックの選手たちと何ら変わりありませんでした。 大会中、陸上400メートルで2人のアスリートが決勝に臨みました。スタートして一人はコースを順調に走っていたのですが、もう一人は観客の声援がうれしくて、コースを一時外れて観客席の方に行ってしまった。先に走っていた選手もゴールの手前で自分のライバルを待っていて、最後は一緒にゴールイン。こうしたSOならではの温かな雰囲気がありました。 競技を通して見せた人間性。それを理解する周囲の人々。人間が持ち得るさまざまな特性に対して、スポーツが果たせることがあると改めて感じました。 「若い世代にかかわってほしい」 ――当事者に対する理解は進んでいるでしょうか。 ◆日本ではまだまだ理解に差があるように感じます。知的障害のある人への偏見や固定観念がなくなれば、社会は変わっていくと思います。 SO日本は大学生など若い世代に活動にかかわってもらう取り組みを進めており、昨年には愛知県の中京大学と包括連携協定を結びました。ぜひ学生たちにユニファイドスポーツのパートナーになるなど活動に参加してほしい。この社会がさまざまな人で成り立っていることに気づくいい機会になると思います。そして、スポーツを通じて社会が変わる、変わっていけると信じています。 有森裕子(ありもり・ゆうこ) 1966年生まれ。岡山県出身。女子マラソンで92年バルセロナ五輪銀メダル、96年アトランタ五輪銅メダル。2007年に引退。08年から23年3月まで公益財団法人「スペシャルオリンピックス日本」理事長。現在、日本陸上競技連盟副会長なども務めている。 健常者とプレー「励みになる」 SO日本には知的障害のあるアスリートがそれぞれの経験や思いを発信し、SO活動の普及に携わる「アスリートアンバサダー」がいる。その一人でテニス競技者の田中晴樹さん(20)=福岡市=はユニファイドスポーツについて「健常者とプレーすることは、僕たちにとっても喜びであり、励みになる」と語る。 小学5年生のときにSOの活動を知り、テニスのプログラムに参加。2018年に愛知県であった全国大会で優勝した。地元で行われたユニファイドテニスで女子中学生とペアを組んだ経験があり、「初めは緊張したが、夢中になってボールを追っていたらいつの間にか勝っていた」という。 広島で昨年開かれたSO日本の全国大会では、ユニファイド形式で実施されたサッカーの試合を後日動画配信するためリポート。「いずれのチームもパートナーたちと声をかけ合い、態勢が整ったタイミングでシュート。チームが一つになっていると感じた。ユニファイドスポーツは観戦者も一緒に楽しめます」と話す。 スペシャルオリンピックス 1968年に米国で誕生した国際的なスポーツ組織。オリンピックやパラリンピックと同様に4年に1度、夏季、冬季の世界大会を開催する。アスリートの数は世界201の国と地域で計約330万人。今年6月にベルリンで夏季大会が開かれる予定。日本の組織は94年に設立され、アスリートは約7200人。3月にロンドン五輪柔道男子銀メダリストの平岡拓晃さんが理事長に就任した。

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