ソーシャルアクションラボ

2023.05.10

ランドセルの10年後

「ただいま」と言って学童から帰宅すると、小学生の娘はランドセルを背負ったまま玄関に転がります。仰向けで両手を広げ、天井を見つめて息が整うまでそうしていてようやく、靴を脱ぎ始める。毎日のことです。 ランドセルがつぶれる……、と思わなくもないけれど、立ち上がってくれるのを待つしかありません。

息を整える理由

こうなる理由はよく分かります。荷物がとにかく重いからです。ふだんパソコンや資料をかばんに入れて持ち歩く私の荷物も多い方だと思いますが、それよりも明らかに重い。 休みの日、娘に協力してもらい、いったいどのくらいのものを背負って通学しているのか、実際に測ってみました。体重計を使い、荷物を持った時とそうでない時の数値の差から計算しました。 ▽ノート8冊、教科書2冊、図書館で借りた本1冊、筆箱、そしてこの春から荷物に加わったアイパッド(これがまた重い)を納めたランドセル▽800㍉㍑入る水筒▽弁当と上履きを入れたサブバッグ――。このラインナップは月曜日バージョンですが、だいたい毎日これくらいの量を持って登校しています。これらを持って体重計に乗ってもらいました。

「置き勉」はOKでも……

荷物の総重量は6・5㌔に上りました。ちなみに、私が普段持ち歩く荷物は4・2㌔でした。大人のものより2㌔以上重い。娘の体重は22㌔㌘で私の半分以下です。それは帰ってきた直後は息切れもするだろうし、「肩凝った」が口癖にもなるでしょう。これに図工で使う材料を紙袋に入れて持っていくこともあるし、雨が降れば傘も差します。 アメリカの小児科学会は2014年に「子どもの荷物は体重の10~20%を超えないように」という提言を示したそうです。いずれにしても小さい背中に背負わすには、やっぱり重すぎる。 娘に聞いてみました。持ち帰らなければならない教科書は、その日の宿題に使うものだけ。「置き勉」は認められているようです。 自宅で使う宿題や日記用のノートだけでなく、友達と描いた絵で埋め尽くされたノートも、ランドセルの中に入っていました。「学校に置いておいたら少しは軽くなるよ」と伝えたところ、「大事だからだめ」と言われてしまいました。

半世紀以上変わらないこと

ランドセル自体も結構重いよな、と思って測ってみたら1・4㌔でした。インターネットで調べてみたらだいたい平均的なランドセルの重さのようです。ちなみに、休日に愛用しているLLビーンのナイロン製リュックサックは400グラムでした。 一般社団法人日本鞄協会のホームページによると、1887年に当時の首相、伊藤博文が大正天皇の入学祝いに箱型の通学かばんを献上したことがランドセルの起源になりました。一般に普及したのは、経済的に豊かになりはじめた昭和30年代ごろからだといいます。そのころから半世紀以上がたちます。 色のバリエーションこそ豊かになりましたが、ほとんどの小学生が持つという社会的な機能は変わっていません。丈夫なこと、教科書が型崩れしにくい、といったメリットだけがその理由なのでしょうか。 「ひとりだけリュックとかはいやだ」と娘は言います。その気持ちはよく分かります。みんなが持ち続けるから持つ。子どもを取り巻く世界は特に、なかなかがらりと変化は起こりません。 10年後はどうなっているのかなぁと、ぎっしりとノートが詰まったランドセルを見て思いました。
【取材した人】平林由梨。毎日新聞東京本社の学芸部で取材、記事の執筆をしています。 夕刊連載小説「水車小屋のネネ」を担当しました。書き手は、芥川賞作家の津村記久子さん。物語の主人公は、小学3年生の律と、その姉で18歳の理佐。冷淡な親から逃げて山あいの町にたどり着き、見ず知らずの隣人らに見守られながら大人になっていく――。そんな2人の歳月を描いています。 食卓に出来合いのお惣菜を並べることに既に後ろめたさは感じませんが、それに伴うプラスチックゴミの増加は何とかしたいと思案中。長野県で育ちました。2人の子どもがいます。