ソーシャルアクションラボ

2023.05.12

父も1年生?|せんさいなぼくは、小学生になれないの?②

②2日目(2022年4月11日)

朝7時45分ごろ。 むすこの公立小学校では、集団登校が行われていて、地域ごとに登校班がいくつか作られる。むすこの登校班は、全学年で約10人で、1年生は4人。もともと交流のある近所の友達も2人いるので、不安の強いむすこには心強いと思っていた。

集合場所は、近所の駐車場前。今日(4月11日)は、入学式後の初登校日。初日なので、親も集まり、みんなで顔合わせのあいさつをする。うちは共働きで見守りを二人でやることになるだろう。妻とぼくが、次男も連れて参加した。

6年生から順に名前を言い、あいさつする。人前で話すことが苦手なむすこは、妻のかげに隠れて何も言わない。これはいつものことだ。

列の先頭と最後尾は高学年の子で、むすこは3番目に並ぶことになる。大人も一人、途中まで付きそう。

出発の時間となり、列がゆっくり進む。むすこも歩きはじめるが、隣にいた妻の手をぎゅっと引き、離さない。手を引かれるまま、困った顔をして妻も歩いていく。この日、妻は仕事で付きそいはできないはずだった。

まずい。最初から、予想外の展開。

自宅に一度戻り、保育園に通う次男を電動自転車に乗せて、急いで列を追いかける。

学校は小さな谷を越えた向こうにある。下り坂に入る前にある狭い抜け道のような公道で列が止まっていた。ほかの登校班の登校時間と重なり、渋滞しているようだ。そこで妻とさっと入れ替わる。妻は次男が乗っている自転車にまたがり、保育園へ向かった。

ぼくは不安そうな顔のむすこと手をつなぎ、一緒に歩きはじめる。

朝の登校時間は、道がとてもにぎやかだ。

制服で登校する近所の中学生、黄色い旗を持つ見守りの地域の人や、PTAのカードを首からぶら下げた保護者たち。学校近くのマンションの前には、足場の鉄骨を積んだトラックが停まり、仕事にとりかかろうとしている。通り過ぎていく子どもたちに、「おはようございます、いってらっしゃい!」「おはようございます、いってらっしゃい!」と連呼する初老のおじさんもいる。町内会の方だろうか。

校門前には、先生が立っている。あいさつし、グラウンドに入って行く。ドッジボールをしている高学年の子たちが駆けていく。

「楽しそうだね。休み時間にできるんだよ」とむすこに声をかけるが、彼は立ち止まって「一人では学校に入れない」と言う。

「付き添いは玄関までね」と一緒に玄関に入ると、靴は自分で履いたが、「教室まで来てほしい」と言う。

むすこの教室は地下1階にある。 階段の前で、近所の1年生の子が道に迷っている。

「教室どっちだっけ?」 「階段を降りて、右側だよ」

緊張するむすこを引きずりながら、教室へ向かう。

教室の前に着くと、担任の先生がいる。ベテランの女性教師だ。

「ちょうど、探していたんだよ」と、先生がむすこに声をかける。むすこはさっとぼくのうしろに隠れる。

むすこの席はいちばん前だった。

いまの教室は男女を混ぜて、五十音順で座席や並ぶ順が決められている。コロナ禍のためか、「隣りの席」はなく、一つ一つの席が1メートルほど離れている。

「最前列で、隣りの席がない」 という環境は緊張しやすい子どもには楽ではない。むすこは教室のうしろで佇み、自分の席に行きたがらない。

すごく緊張しやすい性格であることは先生には伝えてあった(注:HSCの特性があることはこの時点では知らないので、大きな配慮は求めていない)。先生は機転を利かせて、「近くの椅子でいいよ」と教室の右うしろに空いた席を用意してくれる。そこにとりあえず着席する。

「自分の席に行く?」と何度か促しても、「行かない」とむすこは頑なに言う。8時を少し回ったところで、ホームルームがはじまる。

「起立」 「気をつけ」 「おはようございます」と朝のあいさつ。

僕が小学生のころと変わらない、教室のなつかしい風景。

そのあと、着席すると、出欠取りがはじまる。

「○○さん」 「はい!」 「○○さん」 「はい!」

むすこの番が来て、「すえざわさん」と呼ばれる。

むすこはやはり返事をしない。 手をとって一緒に手をあげる。 「はい、いいですね」と先生は言い、次の子に移っていく。

「では、ランドセルを椅子に置いてください。次は、手を洗います」と、先生が朝のルーティンの手順を紹介していく。もちろん手を洗うのはコロナ禍以降からだろう。

むすこをまた引きずりながら洗面所に行くと、長い髪を二つにむすんだ女の子に「なんで一人でないの?」と聞かれる。

「一人だと恥ずかしいんだ」とぼくは言う。 ふーんという顔をして、女の子はすぐいなくなる。

教室のうしろの席に戻る。

二つ隣りの席にいる背の高い男の子も、あいさつで立ち上がらず、手を洗いにも行かず、ぶすっとした表情でずっと席に座っている。

マスクをしてるし、表情がよくわからない。不機嫌なのかな、どうしたのかなと思ってしばらく見ていたら、しくしく泣きはじめた。

そこで気づく——。 ああ、むすこだけじゃないんだ。

体は大きいけど、寂しいんだ。 つい何日か前まで、幼稚園にいたんだもんね。 それぞれの子がみんな不安を抱えながらがんばっている。

むすこの緊張をほぐそうと、指相撲をする。 先生による朝のルーティンの紹介は続く。

「ランドセルのなかのものを出してください」「教室横の棚に入れてください」と、手順を伝えていく。ぼくはむすこと一つ一つ確認して、作業を進めていく。

「次は連絡帳を出してください」と先生が言うと、「ない! 電話して持ってきてもらう!」という子もいて、小学1年生は微笑ましい。

「では、次はランドセルのなかのものを机のなかに入れてください」 と言われたときのことだ。

むすこは座っていた席のなかに荷物を入れようとして、その手を止めた。自分の席じゃないと思ったようだ。「やっぱり自分の席に入れるわ」と、ぼくの手を引き自ら移動した。

いちばん前の自分の席に座ると、右隣りには近所の知っている子がいる。入学式後に知り合い、前日に予行練習的に一緒に公園で遊んでいた。

が、二人ともシャイで何も話さない。あとあと話しやすくなるかもしれないと、ぼくが「昨日、楽しかったね」と少し話しかけてみたが、「へ?」みたいな反応……。

朝のルーティンは淡々と進むし、順番通りにやればいいだけなので、だんだんむすこは安心して緊張がほぐれていく。

「針が6(8時半)になったら出るよ」 「まだいて」 「8(40分)になったら出るよ」 「まだ」

だいぶ安心した様子が感じられるようになったので、「12(9時)になったら出るね。もう仕事だ」と言っておいて、少しずつ離れて様子を見る。

隣りにいなくても大丈夫そうだったので、9時になったところで、すすっと教室を出る。

最初はきょろきょろぼくの姿を探していたけど、追ってはこない。

大丈夫そうだ。

先生に会釈して退出する。

という感じで、少しずつ。

自分が入学したみたい……。

我が家の家族構成: むすこの父である筆者は執筆開始当時、40歳。本づくりや取材執筆活動を行っている。取材や打ち合わせがなければ自宅で働き、料理以外の家事を主に担当。妻も40歳。教育関係者。基本的には9時~17時に近い働き方をしていて、職場に出勤することが多い。小1のむすこのほかに、保育園に通うむすこもいる。

【書き手】末沢寧史。異文化理解を主なテーマとする、ノンフィクションライター、絵本作家。出版社勤務を経て独立。絵本作品に『海峡のまちのハリル』(小林豊・絵、三輪舎)。出版社どく社を仲間と実験中。妻は教育関係者。本連載では、むすこの小学校入学直後に直面した行きしぶりと不登校をきっかけに、子どもという「異文化」について記します。