ソーシャルアクションラボ

2023.05.24

ひとりで教室まで行った翌日は?|せんさいなぼくは、小学生になれないの?⑤

⑤4日目(2022年4月14日)

朝7時40分。 ピンポーンと、インターホンが鳴る。 近所の子が、訪ねて来たのだ。

「おれの勝ちだ!」 という元気な声が遠くの部屋まで聞こえてきた。

実は、1年生の子どもがいる近所の親同士で示し合わせて、朝どちらが早く準備できるか、早いほうがピンポンを鳴らそうと競争させてみたのだ。

しばらくすれば、自分たちだけで登校することになる。登校のモチベーションを上げるためにも前もって、少し練習させておきたかった。

その効果か、むすこは夜8時には率先して寝て、 朝5時半には起きていた。 むすこいわく、「寝ないようにしていた」。 まあ、寝てるがな。

「早く用意しないと」と、7時15分にはご飯も食べ終わり、着替えも済まし、学校の準備も終え、名札も付け、靴下も履いて、玄関で待っていた。

「ピンポン鳴らしてきていい?」と早くも言っていたが、さすがにまだ集合時間まで30分もあるから迷惑だろうと、止めていた。だが、それが災いして勝負には負けてしまった。

「おれの勝ち」と言われたときのむすこの反応は見ていないが、むごんでスルーしたそうだ。

昨日、ひとりで教室まで行って、先生にもほめられたのだろう。お迎えのときに、事情を知るほかのお母さんたちにもほめられていて、自信をつけているようだった。

好きな遊具で遊んだり、得意なおりがみをしたりと、全体に充実していたようで、昨日は、一昨日とは打って変わって、帰宅後もストレスを感じなかった。

朝起きたときも元気そうだ。

で、「きょうは、どこまで一緒に行く?」と聞いてみた。 「(学校の)玄関まででいいよ」と、むすこは言う。 妻が、むすこに聞こえないところで、 「いいよじゃないだろ」とつっこむ。

「集合場所でバイバイは?」 「いや」 「玄関まででもいいけど、橋のところは?」 「どっちでもいいよ」

どっちでもいいなら、ということで、 今日は校門の手前にある陸橋で別れる約束となった。

昨夜は雨が降り、今日もどんよりとしていたから、傘を持って集合場所に向かう。前日までランドセルに雨除けカバーを付けていたが、隣の子が付けていないのを見ると、恥ずかしくなったのか、はずしていた。

近所の子と集合場所に行ってみると、まだだれもいない。「二人とも一番だね」と近所の子のお母さんが言う。まだ集合時間には10分ほど余裕があり、集まったお母さんたちと雑談する。

そのうち、ハンカチを忘れていることに気づき、取りに帰る。早く起きれば、何事も余裕がある。戻ってきたところで、だいたい子どもたちが集まり、集団登校の列がスタートする。

むすこは機嫌がいいから、その場でバイバイできるかな、とも思ったが、そううまくはいかず、やはり手をつないで歩き出す。

みんな、傘を地面にこつこつさせながら、登校路を歩いていく。

「○○くん、宿題やった?」 とむすこの隣りにいた子に聞いてみる。 「うん」 昨日の宿題は、「へんじ」と、「うた」の練習。「へんじ」は、「はい、元気です」という出席のときの返事の練習。ほかの子たちは、楽しそうに返事をする。

うちの子は返事の練習を拒否していたが、その代わり手をあげるということを、いまのところの自分の存在証明のラインにしつつあるようだ。

やることが何かはわかっていて、やらないだけなので、親も追及はしない。「元気だと見ればわかるのになぜ聞くのだろうか」と思っている節がある。親が思っている以上に、強く緊張している可能性も高い。

「うた」は、『となりのトトロ』の「さんぽ」。知っている歌なので、家では元気に歌っているが、これも学校では歌わないのだろう。そのあたり、変化するのか、しないのか、ゆっくり見てみようと思っている。

列は住宅のあいだの幅1メートルほどの狭い公道を歩き、雑木林の谷を抜ける。雑木林にはツルニチニチソウの青い花が咲き、コバノミツバツツジも赤い花を咲かせている。

丘をのぼる階段を上がると、少し離れたところに陸橋がある。

陸橋のところまで行くと、10人の子どもたちは列を崩し、散り散りになって、学校に向かう。別の登校班の友達を待っている子もいる。橋の前でむすこと別れようとすると、「橋を渡ったところまでにして」と言うから、橋を渡ったところ、校門の前まで付き添う。

そこで、前日のようにハイタッチをすると、するすると歩いていった。付き添いの6年生の男の子が、少し驚いたような顔で、こちらを見ていた。それほど1日の変化が大きいのだろう。

昨日は玄関。今日は、校門。200、300メートルほど進んでいる。

さて、ここから、あと何日で、みんなと歩き出せるようになるのだろうか。明日は、細い公道の前で別れ、週明けにはみんなと歩いてみようと話をしているのだが。

我が家の家族構成: むすこの父である筆者は執筆開始時、41歳。本づくりや取材執筆活動を行っている。取材や打ち合わせがなければ自宅で働き、料理以外の家事を主に担当。妻も40歳。教育関係者。基本的には9時~17時に近い働き方をしていて、職場に出勤することが多い。小1のむすこのほかに、保育園に通うむすこもいる。
【書き手】末沢寧史。異文化理解を主なテーマとする、ノンフィクションライター、絵本作家。出版社勤務を経て独立。絵本作品に『海峡のまちのハリル』(小林豊・絵、三輪舎)。出版社どく社を仲間と実験中。妻は教育関係者。本連載では、むすこの小学校入学直後に直面した行きしぶりと不登校をきっかけに、子どもという「異文化」について記します。