2023.06.01
「ソーラーの海」に浸食されるアイヌ伝承の地 巨大津波も懸念
北海道・道東の釧路湿原国立公園の周縁部が、太陽光発電計画の脅威にさらされ、「ソーラーパネルの海」に変わりつつある。設置の「適地」と「不適地」を色分けしないまま、国が再生可能エネルギーの導入を急速に進めたことが背景にあり、その触手はアイヌ民族の伝承の地にも広がった。導入の代償として、かけがえのない自然が壊され、人々の暮らしが脅かされつつある実態に迫る。【本間浩昭】(第1回/全6回)
「ワークワーク ワック ワック……」。アイヌの古式舞踏「フンペリムセ(鯨の歌舞)」は、鯨を見つけて騒ぐカラスの鳴き声から始まる。歌詞は「タンター ピシター フンペ ヤンナー」(いま浜辺に鯨が寄り上がった)と続く。
馬主来沼(パシクルトウ)の水が流れ出る白糠町の海岸線で9月の第1日曜に行われる「フンペ祭りイチャルパ(鯨祭り)」。鯨に扮(ふん)したフチ(おばあさん)が砂浜に横たわり、周りを民族衣装姿の男女が踊る。鯨の解体中にせわしなく飛び回るカラスのふるまいも表現されている。発見者のカラスにも肉が分け与えられ、コタン(集落)が飢餓から救われる物語は、大自然と共生するアイヌの精神世界を示してくれる。
「フンペはカムイ(神)が下ろしてくれるものです」。白糠アイヌ協会の天内重樹会長(38)は語る。下ろすとは「恵みを授けてくれる」とのアイヌならではの考え方で、「特にフンペは、一つのコタンが潤うほどの食糧なので、飢饉の時期に打ち上がれば、なおのことです」という。
フンペリムセは白糠アイヌ文化保存会の代表的な古式舞踏。磯部恵津子会長は「踊りはしばらく途絶えていましたが、1996年に復活させて27回を数えます」と振り返る。
この馬主来沼の西側に当たる釧路市音別町の民有地で、大規模な太陽光発電計画が進んでいることが、取材で明らかになった。計画に対する天内さんの懸念は「伝承の地」の隣接地という理由にとどまらない。500年周期とされる千島海溝沿いの巨大地震と、それに伴う巨大津波が押し寄せた際、自分たちの暮らしへの影響も考えてのことだ。
沼の東側に当たる白糠町のハザードマップを見ると、馬主来沼付近で想定される最大津波高は12・4メートルで、第1波は地震発生から33分で押し寄せる。しかも沼は湖面標高1メートルだ。「巨大津波が来れば海岸沿いのソーラーパネルはひとたまりもないでしょう。しかもパネルにはカドミウムなどの重金属が含まれています。あのイタイイタイ病を引き起こした有害物質です」
天内さんの懸念を裏付けるように、産業技術総合研究所(茨城県つくば市)の調査では、馬主来沼で4層の津波堆積物が報告された。このうち約400年前の17世紀に起きた巨大津波は、沼の上流の馬主来川を約3・7キロも遡上(そじょう)していた。
巨大津波が起きれば、海岸線に設置された太陽光パネルは破壊され、砕けたパネルが湿原に放置されかねない。湿原は厳冬期を除けばぬかるみ、谷地眼(やちまなこ)と呼ばれる底なし沼が人の立ち入りを阻む。
市環境審議会委員で道教育大釧路校の伊原禎雄教授(動物生態学)は「津波は根こそぎ破壊して押し寄せるパワーがあり、粉々になったパネルの回収は不可能に近い。既製のパネルの多くには鉛などの重金属が使われ、一部にはさらに有害なカドミウムやセレン、ヒ素などが使用されている。仮にこうした物質によって環境が汚染されれば、生活に深刻な影響が生じるだろう」と警鐘を鳴らす。「一度立ち止まって、リスクを伴うことを考えた上で慎重に進めなければ、将来に禍根を残す」と。
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