ソーシャルアクションラボ

2023.06.02

安心なくして、勉強なし|せんさいなぼくは、小学生になれないの?⑧

⑧6日目(2022年4月18日)

2時間目の国語の途中。教室で、「つ」の文字の書き方の練習をしていた。むすこが先生の説明を聞いている隙を見て、ぼくは、教室から逃げようとした。ささっと走って、教室の外へ出る。だが、すぐにむすこに気づかれ、今回は追いかけられる。教室のある地下から、玄関のある1階へ急いで階段を駆けあがる。

校舎の玄関は、右手にある。その手前に大きなテレビがあり、そのうしろに隠れる。むすこは通り過ぎていき、玄関まで走る。父の姿が見つけられなかったむすこは、しばらくして泣きながら玄関から戻ってくる。そのとき、父は体を隠しきれず、テレビの裏にいるのが見つかってしまう。

「あ、お父さんいた」

ほっとした表情になるむすこ。

そして、捕まる。ああ、失敗だ。 むすこと一緒に、教室の席に戻る。

むすこは授業に集中できず、父が教室から離れないか、をひたすら気にしている。みんなが「つ」の字を書く練習を終えたくらいのタイミングで、むすこも「つ」を書き始めた。きょうは、もうだめかもしれない。

安心がない状態では勉強も何もないだろう。

「仕事があるから帰らないと」「時計の長い針が12で帰ると約束したよね」などと繰り返し言い聞かせるが、まったく聞く耳を持たない。ぼくが席を離れるたびにむすこも席を立ってしまい、授業にも集中できない。今日はむすこと一緒に教室にいよう、と諦めた。 午前中いっぱいで授業は終わる予定だった。それまで、付き添おう。そう心に決めて、「今日は授業が終わるまで一緒にいるよ。学童も今日はお休みしよう。でも、明日からは行くんだよ」と伝えた。むすこは「今日も学童は一人で行くんだよ」と聞き間違えたようで、「学童は行きたくない」と言った。

目が赤くなって、うるんでくる。

聞き間違いとはいえ、学童がそんなにいやなのか……。

目元から涙がぽろぽろ出てくる。見ていて、こちらの心が苦しくなってくる。

「行かなくていいよ。今日は一緒に帰ろう。明日は、朝、(比較的家に近い)細い道のところから 一人で学校に行ける?」と聞くと、「(校門前の)橋の階段の下のところまで来て」と言う。

「じゃあ、明日は階段の下、明日の明日は細い道のところね」と言うと、「うん」とうなづく。「よし、じゃあ、きょうは授業が終わったら帰ろう」と言うと、気持ちが落ち着いたのか、むすこはそわそわしなくなった。

「教室のうしろで座ってていい?」と聞くと、それまでとは違い、帰らないと安心したのかうなずく。

2時間目が終わり、休み時間がはじまる。子どもたちはじゃれあいながら遊びはじめる。むすこは椅子に座っている。道具箱を開けて、一人でお絵描きをしている子もいる。しばらくして、ようやくとなりの席の近所の子と、触れ合おうとするが、あまりやりとりは発展しない。

それからさらに数分して、近くの席の子たちと遊びはじめたところで、3時間目の「せいかつ」がはじまる。むすこはずっとちらちらと後ろを見て、少し離れた場所にいる父が逃げないか気にしている。

せいかつの授業は、学校探検ツアー。音楽室、保健室、職員室、図書室、体育館、給食室をめぐる。ぼくも、子どもの列のうしろをついていく。ツアーが終わると、「赤色の鉛筆の芯が全部なくなった」と、不安そうにむすこが見せてきた。

配られたプリントに書かれた、訪れた場所の横にある丸を赤鉛筆で塗りつぶしていく――。という作業をしていたようだ。ぼくは、「家で削れば大丈夫だよ」と言った。

学校では細かいことをいちいちは先生に聞けない。

聞けばいいのだが、シャイなむすこにはハードルが高い。 むすこには、そういう不安もあるのかもしれない。
注:学校生活に心配がある場合は、支援員をつけてもらえるケースもあるので、サポートの相談や利用できる制度は学校側に早めに、気軽に確認したほうがよい。

教室に戻ると、「これで3時間目のせいかつの時間を終わります」と先生が言い、 「終わります!」とクラスの子どもたちが大きな声で復唱する。

「では、帰る用意をするので、連絡帳を出してください」 先生の呼びかけで、帰りの準備がはじまっていく。
我が家の家族構成: むすこの父である筆者は執筆開始同時、41歳。本づくりや取材執筆活動を行っている。取材や打ち合わせがなければ自宅で働き、料理以外の家事を主に担当。妻も40歳。教育関係者。基本的には9時~17時に近い働き方をしていて、職場に出勤することが多い。小1のむすこのほかに、保育園に通うむすこもいる。
【書き手】末沢寧史。異文化理解を主なテーマとする、ノンフィクションライター、絵本作家。出版社勤務を経て独立。絵本作品に『海峡のまちのハリル』(小林豊・絵、三輪舎)。出版社どく社を仲間と実験中。妻は教育関係者。本連載では、むすこの小学校入学直後に直面した行きしぶりと不登校をきっかけに、子どもという「異文化」について記します。