2023.06.02
安心なくして、勉強なし|せんさいなぼくは、小学生になれないの?⑧
2時間目の国語の途中。教室で、「つ」の文字の書き方の練習をしていた。むすこが先生の説明を聞いている隙を見て、ぼくは、教室から逃げようとした。ささっと走って、教室の外へ出る。だが、すぐにむすこに気づかれ、今回は追いかけられる。教室のある地下から、玄関のある1階へ急いで階段を駆けあがる。
校舎の玄関は、右手にある。その手前に大きなテレビがあり、そのうしろに隠れる。むすこは通り過ぎていき、玄関まで走る。父の姿が見つけられなかったむすこは、しばらくして泣きながら玄関から戻ってくる。そのとき、父は体を隠しきれず、テレビの裏にいるのが見つかってしまう。
「あ、お父さんいた」
ほっとした表情になるむすこ。
そして、捕まる。ああ、失敗だ。
むすこと一緒に、教室の席に戻る。むすこは授業に集中できず、父が教室から離れないか、をひたすら気にしている。みんなが「つ」の字を書く練習を終えたくらいのタイミングで、むすこも「つ」を書き始めた。きょうは、もうだめかもしれない。
安心がない状態では勉強も何もないだろう。
「仕事があるから帰らないと」「時計の長い針が12で帰ると約束したよね」などと繰り返し言い聞かせるが、まったく聞く耳を持たない。ぼくが席を離れるたびにむすこも席を立ってしまい、授業にも集中できない。今日はむすこと一緒に教室にいよう、と諦めた。 午前中いっぱいで授業は終わる予定だった。それまで、付き添おう。そう心に決めて、「今日は授業が終わるまで一緒にいるよ。学童も今日はお休みしよう。でも、明日からは行くんだよ」と伝えた。むすこは「今日も学童は一人で行くんだよ」と聞き間違えたようで、「学童は行きたくない」と言った。
目が赤くなって、うるんでくる。
聞き間違いとはいえ、学童がそんなにいやなのか……。
目元から涙がぽろぽろ出てくる。見ていて、こちらの心が苦しくなってくる。
「行かなくていいよ。今日は一緒に帰ろう。明日は、朝、(比較的家に近い)細い道のところから 一人で学校に行ける?」と聞くと、「(校門前の)橋の階段の下のところまで来て」と言う。
「じゃあ、明日は階段の下、明日の明日は細い道のところね」と言うと、「うん」とうなづく。「よし、じゃあ、きょうは授業が終わったら帰ろう」と言うと、気持ちが落ち着いたのか、むすこはそわそわしなくなった。
「教室のうしろで座ってていい?」と聞くと、それまでとは違い、帰らないと安心したのかうなずく。
2時間目が終わり、休み時間がはじまる。子どもたちはじゃれあいながら遊びはじめる。むすこは椅子に座っている。道具箱を開けて、一人でお絵描きをしている子もいる。しばらくして、ようやくとなりの席の近所の子と、触れ合おうとするが、あまりやりとりは発展しない。
それからさらに数分して、近くの席の子たちと遊びはじめたところで、3時間目の「せいかつ」がはじまる。むすこはずっとちらちらと後ろを見て、少し離れた場所にいる父が逃げないか気にしている。
せいかつの授業は、学校探検ツアー。音楽室、保健室、職員室、図書室、体育館、給食室をめぐる。ぼくも、子どもの列のうしろをついていく。ツアーが終わると、「赤色の鉛筆の芯が全部なくなった」と、不安そうにむすこが見せてきた。
配られたプリントに書かれた、訪れた場所の横にある丸を赤鉛筆で塗りつぶしていく――。という作業をしていたようだ。ぼくは、「家で削れば大丈夫だよ」と言った。
学校では細かいことをいちいちは先生に聞けない。
聞けばいいのだが、シャイなむすこにはハードルが高い。 むすこには、そういう不安もあるのかもしれない。教室に戻ると、「これで3時間目のせいかつの時間を終わります」と先生が言い、 「終わります!」とクラスの子どもたちが大きな声で復唱する。
「では、帰る用意をするので、連絡帳を出してください」 先生の呼びかけで、帰りの準備がはじまっていく。