ソーシャルアクションラボ

2023.06.14

世界遺産・白神山地の「核心地域」 なぜ秋田側だけ入山禁止?

 秋田、青森両県に連なり、世界有数とされるブナの原生林が広がる白神山地は今年12月、世界自然遺産としての登録から30年の節目を迎える。その「核心地域」への入山については、青森県側では「届け出制」で認めているのに対し、秋田県側は「原則禁止」となっている。フリージャーナリストで白神逍遥(しょうよう)の会代表、佐藤昌明さん(67)は秋田側の対応に異論を唱え、「山を開放してみんなで育て、守っていくべきだ」と主張。「ガイド付き届け出制による入山」を提案する。白神山地に入山する意義などを聞いた。【聞き手・田村彦志】

 ――佐藤さんは河北新報社(仙台市)の元記者で、長らく白神山地の取材をしてきた。

 初任地は青森。ここで5年間、一連の白神山地を巡る問題を取材して以来、40年余り白神山地を巡る取材に関わってきた。今年は遺産登録から30年。この節目を契機に、秋田側からの入山禁止を見直してもいいんじゃないかと思っている。「ガイド付き届け出制」の入山で対応できると、2022年から秋田県内で八峰町を皮切りに藤里町、能代市で講演。6月には秋田市、9月には大館市でも講演を計画している。

 ――講演を通じて訴えたいことは。

 入山禁止となっているのは秋田側の核心地域2466ヘクタールだけだ。しかし、他の地域の人は秋田側と青森側を区別できず、白神山地全体が入山禁止と思われているという事実がある。私は東京都や仙台市の山仲間に「白神は入山禁止なんでしょ」と何度も言われた。盛岡市の人も「青森、秋田の区別なく、白神山地全体が入山禁止と思っているよ」と話していた。

 現在、国内に世界遺産は25ある。しかし、白神山地はあまり取り上げられない。テレビ局の人も「入山禁止なので、行ってはならない山を放送しても意味がない」と思っている。白神山地が国内初の世界自然遺産だったのも忘れられているような気がする。入山者も極端に少なく2万人台。宝の持ち腐れだ。

 ――そもそも、なぜ秋田側は入山禁止なのか。

 秋田県藤里町で白神山地の保全や保護活動に尽力した故鎌田孝一さんを以前取材した時、鎌田さんに「今は書かないで」と言われたことが、私の取材ノートに記されている。

 「青秋林道の建設計画が中止になると、これまで何の苦労もしなかった知識人や文化人が、言いたいことを言って責任を取らない。地元の自治体職員も世界遺産に登録されると、何のあいさつもなく、県庁と観光開発の話をしている。今まで仕事も家族も犠牲にしてだれが白神を守ったのか。反対運動で闘った人たちに、もう少し礼を尽くしてほしい」

 鎌田さんの気持ちは、よく分かる。入山禁止の考え方は、こうした鎌田さんの感情論と粕毛川の地形が関係している。粕毛川上流部は、藤里町からは険しい地形になっていて、登山の上級者でないと中に入れない。それなのに旧峰浜村(現八峰町)からは峠を越えて簡単に入れる。鎌田さんは「旧峰浜村側から入って遊んでごみを散らかして帰っていく。もう粕毛川には入ってほしくない」と思った。これが入山禁止の原形となった。

 鎌田さんは、白神山地の保護運動の功労者だが、山男ではなく、写真愛好家だった。白神山地を入山禁止とすることで、日本の自然保護の在り方全体まで影響するところまで、考えが及ばなかったのだと思う。

届け出制、生態系変わらず

 ――佐藤さんが「ガイド付き届け出制」で入山解禁を訴える根拠は。

 (専門家で構成する)白神山地世界遺産地域科学委員会が14、15年の第8、9回の委員会で出した見解で「秋田県側も青森県と同じく届け出制にしても生態系が変わることはない」としていることだ。入山禁止は決して普遍的なものではない。国内の世界自然遺産である屋久島、知床、小笠原も入山・入域禁止をしていない。富士山だって登れる。「白神の秋田県側だけを禁止する」という理由はない。

 青秋林道の中止を決断した当時の青森県知事は「税金の無駄遣いだから、青秋林道をやめる」と言っていた。「入山禁止までして白神山地を保護しよう」という考え方はなかった。税金の無駄遣いはしない、というのが白神山地保護運動の教訓のはずだ。

 青秋林道建設計画を巡って、全国から集まった1万3202通の異議意見書の中に、「入山禁止」の項目はない。つまりみんな「入山禁止」のために署名したのではない。林道建設反対運動が起こった時に私が書いた記事にも「入山禁止」の記事は、一つもない。「経済的メリットがない」「水害が起きたらどうする」という見出しばかりだ。

 世界遺産になって観光客が急増すると、みんな予想した。青秋林道が正式に中止となって5年後の1995年、あるテレビ番組が「白神山地の年間観光客が500万人になる」と予想し、全国放送した。これがその後の入山禁止に大きく影響した。1年半後の97年6月、世界遺産地域連絡会議が「秋田県側は、原則入山禁止」と決めた。「年間観光客が500万人も来る」という前提で決めた山の管理計画だった。しかも、これは「時代の変化に応じて見直す」というのが前提だったのだ。

世界自然遺産白神山地

 青森県南西部から秋田県北西部にまたがる広さ約13万ヘクタールの山地。このうち中心部分の1万6971ヘクタール(青森県側1万2627ヘクタール、秋田県側4344ヘクタール)について1993年、屋久島(鹿児島県)とともに日本初となる世界自然遺産に登録された。国内最大級のブナ原生林や国の天然記念物クマゲラなど、多様な動植物が保全されている。

青秋林道

 白神山地のブナ林を伐採・利用するための広域基幹林道として青森県西目屋村と秋田県八森町(現・八峰町)間の約30キロで計画され、両県が1982年に着工。しかし自然保護団体などから反対の声が上がり、国は90年、計画地の一部を原則として人の手を加えない「保存地区」を含む「森林生態系保護地域」に指定。建設が中止された。

佐藤昌明(さとう・まさあき)さん

 福島県飯舘村生まれ。東北大文学部卒。河北新報記者を経て2021年からフリージャーナリスト。山を考えるフリージャーナリストの会会員。白神山地関連の著書に「秋田・白神 入山禁止を問う」(2021年、無明舎出版)。仙台市在住。

関連記事