ソーシャルアクションラボ

2023.06.21

ぼくは教室にいてもいなくても、同じなの?|せんさいなぼくは、小学生になれないの?⑬

⑬11日目 2022年4月23日

一進一退で言うと、昨日が「進」の日なら、今日は「退」の日だ。雨上がりの、じとじとしたあまり気持ちのよくない朝。昨日は前年にぼくが出版した絵本の原画展の関連イベントがあり、出張だったので、帰りが遅かった。

妻によると、むすこは、昨日の帰宅後、友だちの家に遊びに行ったところまでは元気だったという。その後、妻と弟の三人で夕飯を食べている時にイライラしはじめ、寝る時間も21時過ぎと遅くなってしまったそうだ。 寝るのが遅くなり、疲れがとれないと、むすこは機嫌が悪くなる。

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案の定、翌朝は寝起きが悪かった。ストレスを解消するためか、むすこは起きるやいなや、2階の寝室にあるテレビを付けて見ていた。30分ほど経ち、朝ご飯の時間になっても降りてこないので、ぼくが番組の途中でスイッチを強制的に消す。 「お父さんの皿、割ってやる!」 むすこは悪態をつきながら、しぶしぶ1階におり、食卓の椅子を倒していく。   むすこの様子を見ていて、妻とは「きょうは金曜日だし、しょうがないね」と、学校に行きたくない要因になっている学童は早々にキャンセルすることに決めた。学童については、毎日むすこに行くか行かないか確認しつつ、他の選択肢も探してみることに決めていた。

むすこは妻の膝に座りながら朝ごはんを食べ、食べ終わると、こんどは次男とケンカをはじめた。 次男は、妻が以前作った手作りスナフキン帽子をかぶり、リュックを背負って、ごっこ遊びをしていた。長男のむすこは、ふだんはその帽子に関心を示さないのに、イライラしているせいか、「それはぼくがお母さんに作ってもらったんだ!」と主張。兄弟で取り合いになった。   取っ組み合う二人を引き離す。帽子は長男が手にしていた。次男が妻に「自分のを作ってよ」と不満そうに言う。妻が「わかったよ」と話して落ち着かせていく。 週末なので、むすこの疲れもピークなのだろう。   むすこは金曜日の放課後に学校の体育館で開かれている剣道クラブに興味を示していて、それにはなんとしても行きたいと言う。学校の楽しみは、「給食だけで、それ以外はいやだ」。給食だけは「ほっぺたが落ちそう」なくらいおいしいのだという。 「学校に行かないと、剣道には行けないんだよー」とか、「学童はやめにしたから、学校は行こうねー」とか、なだめつつ、登校班の待ち合わせ場所に向かうが、「行きたくない」と言い続ける。きょうは、図工の授業がある。もしかしたら工作好きのむすこが気にいるかもしれない、という期待も親にはある。 待ち合わせ場所に向かう途中で「ミミズを見つけた」と言って、うちの花壇に入れに戻ったり、待ち合わせ場所に行ったかと思うと、「マスクがいやだ」と言って一人はずしたりして、「学校に行きたくない」主張を続ける。   他の子どもはそろっていて、登校班のスタートが、むすこ待ちとなる。むすこはまだ家の近くにいる。 今日はぼくが付き添う予定だったのだが、そんな様子を見かねた妻が「今日はわたしが一緒に行くわ」と言う。 集合場所に向かって、むすこは妻と一緒になんとか歩きはじめる。

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妻に置いて行かれたと思って、今度は家の前でぼくのそばにいた次男が大泣きする。 妻は「すぐ戻ってくるつもり」と言っていたが、むすこ(長男)の付き添いで戻ってこられない可能性が高いだろうなあと思っていた。案の定、妻から「下の子を保育園につれていって。9時に仕事があるので、それまでには必ず戻ってくる」という連絡が来た。 大泣きがやまないままの次男をつれて、保育園へ向かい、自宅へ戻る。   しばらくして、妻が帰ってくる。「今日は、学校の教室のところで先生に手伝ってもらって(むすこを)引き離してもらった」と言うが、表情が暗い。妻は自宅で机に向かい、なにやらメモをとっている。日記を書いているようだった。「書いていないとやってられないねー」と言う。 そう、だれかに読んでほしいというよりは、まずはこうして書き記すことで、自分の気持ちを落ち着かせようとしているのだ。

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ーー以下、妻の日記

昨晩出張から戻った夫と、深夜まで話し込む。むすこは「(公立)学童を休むなら小学校に行く」というのでその対応を考える。学童の代わりに行くのは、習い事なのか、民間のアフタースクールなのか。本人の自尊心が傷つかない少人数制で、ある程度自由度がある場所。お勉強よりも身体を動かしたり、ものづくりをしたり、動物や植物と触れ合えたりするのが、きっといい。引き続き情報収集。

今日はわたしが9時から職場で会議なので、学校への送りは夫。の、はずが「お母さんがいい」と、手を離さないので、付き添う。わたしから手を離された次男も次男で泣き始める……。夫にとりあえず次男を保育園に送るように頼み、学校へ。その間、むすこに「どこまで送るのか」と聞いても、取り合わない。「学校に行きたくない」の一点張り。かろうじて学校に向かって歩いている。

登校班の友達が「帰りは一緒に帰ろう。帰ってきたらうちにまた来てもいいよ」と声をかけてくれるも心は動いていない様子。別の子は横で「また休むんか? いっつもやな!」と言う。「行かなくても、なんとかなるときはいいんだよー」と答えてみる。これはフォローになってるのか? そもそも昨日は夕方から機嫌が悪く、それなのにグダグダしていて寝るのも遅く、朝からマスクが嫌だの、お着替えが嫌だの、なんだかんだと渋っていた。行きしぶりは昨日の夜からはじまっていたんだな。さあ、どうするか。

学校到着。門の前で押し問答。タイムリミットは15分間。 むすこ「行かない…」 わたし「学童行かない、はいいよ。小学校は行く、と言ったよね?」 むすこ「行かない…帰る…」 わたし「今日は好きな製作(図工)があるよ。その授業は出てみたら?」 むすこ「行かない…」 わたし「給食あるし!」 むすこ「帰る…」 学校の玄関でもしぶり、やっと靴を履かせて、教室まで引きずっていくと、 先生が「頑張って学校にきたね!」とほめてくれる。

わたしが教室の端で「今日どうしても仕事に行かないといけないんです」と先生に伝えると、むすこはわたしの手をぎゅっとにぎり、しがみついた。

クラスの女の子が集まってくる。私の指輪に興味を持ち、「これなあに?」「なんでお母さんにくっついてるのー?」と聞く。この子も頑張ってるんだな。

「みんなお母さん好きよね」と思わず言うと、「そうだよ、わたしも大好き!。でもこれじゃバブちゃんだよー恥ずかしいよー」。隙を見てむすこから逃げる。が、追いかけてきて階段で押し問答。第二ラウンド開始。

むすこ「夕方の(学校で習う)剣道には行くんだよね?」 わたし「行きたい…」 むすこ「だったら学校休めないねえ」 わたし「剣道は来週にする…」

はあ。

もう家に連れて帰るか……と思っていたところに、担任の先生が走ってやってくる。「お母さん、お仕事よね! おし! 行ってください! 大丈夫、大丈夫!」

肝っ玉な感じのベテラン先生が力づくで息子をかかえる。むすこは当然すごい顔で泣き叫び、母も涙を堪えて手を離す。一瞬、「やっぱり連れて帰ります」と言いかけたけど、「とにかく今日はこれでよい」と自分にも言い聞かせて、ダッシュで階段を駆け上がる。玄関を出て、広い空を見ながら、はあ、とためいき。

さて、仕事……。

うなだれながらトボトボ帰ってきました。これでよかったのか?

-------独り言------- 学校のなにがそんなに嫌なのだろう? 小学校の朝の様子を30年ぶりぐらいに見たけど……軍隊みたいだなあ……と思ったのはわたしだけかな。自分ひとりいなくても、できていなくても、いる人だけでどんどん物事がすすむ不思議な空間。

先月までむすこが見ていた幼稚園の世界は――。

毎日「いない子」(幼稚園を休んだ子)に想いを馳せて、「明日は幼稚園に来られるようにお祈りしようね」と先生の声かけからはじまった朝。自由な時間に自分で遊びを見つけ、楽しめるようにもなったよね。

卒園までの幼稚園での3か月は「明日の朝は、何してあそぼう!」とワクワクしながら寝ていたね。今できることじゃなくて、できるようになることの喜びを共有し、できないともだちがいれば教えたり教えられたりすることが楽しかったね。

(子どもが小学校入学後に直面する)「小1の壁」ということで片付けていいのか。ここで順応できないと、社会に出てから困るのか。わからない。

我が家の家族構成: むすこの父である筆者は執筆開始当時、41歳。本づくりや取材執筆活動を行っている。取材や打ち合わせがなければ自宅で働き、料理以外の家事を主に担当。妻は40歳。教育関係者。基本的には9時~17時に近い働き方をしていて、職場に出勤することが多い。小1のむすこのほかに、保育園に通うむすこもいる。

【書き手】末沢寧史。異文化理解を主なテーマとする、ノンフィクションライター、絵本作家。出版社勤務を経て独立。絵本作品に『海峡のまちのハリル』(小林豊・絵、三輪舎)。出版社どく社を仲間と実験中。妻は教育関係者。本連載では、むすこの小学校入学直後に直面した行きしぶりと不登校をきっかけに、子どもという「異文化」について記します。