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2023.07.05

予約は年1件 「語り部タクシー」はそれでも走る 西日本豪雨5年

 2018年7月の西日本豪雨で河川の堤防が決壊し、51人が亡くなった岡山県倉敷市の真備町地区。被災した地元のタクシー会社は、翌年から被災地の爪痕をドライバーが案内する「語り部タクシー」を始めた。新型コロナウイルスの影響もあり現在の実態は「開店休業」状態だが、それでも語り部が続いているのは、ドライバーが身をもって語り継ぐ意義を感じているからだ。

「収益が目的の事業ではない」

 真備町有井の「日の丸タクシー」はタクシー、バス計54台のうち39台が水没する壊滅的な被害を受けた。再建に奮闘するさなか、「水害の跡を案内してほしい」と乗車する人たちが増え始めた。

 「あらかじめコースを決めて、予約制にしてはどうか」。ドライバーたちから提案の声が上がり、平井啓之(ひろゆき)社長(51)が「真備の災害を語り継ぐ意義がある」と語り部タクシーの開始を決めた。

 日の丸タクシーでハンドルを握って13年目の三宅佳孝さん(66)は「語り部」の一人。18年7月6日は深夜までの勤務で、乗客を降ろし、事務所へ引き揚げるところだった。

 「後ろでドドーンととんでもない音がして、振り返ると真っ赤な炎。花火を連発しているようだった」。倉敷市と隣接する総社市のアルミ工場爆発に遭遇した。浸水した水が高温のアルミと反応し、水蒸気爆発を起こしたのだった。思い返せば翌朝にかけての大被害の前兆のようで、この光景は忘れられない。

 語り部タクシーは当初、崩れたアルミ工場や仮設団地(現在は全て撤去)などを巡り、月に3、4件の予約があった。三宅さんは、広島から母親と来て「防災教育を学びたい」と言う男子高校生を乗せたこともあった。

 ただ、コロナ禍もあって需要は激減。20年以降は、年1件程度の予約しかない。しかし、平井社長は「収益が目的の事業ではない」と続行を決め、三宅さんらも出番に備えている。

案内すると心がうずく場所

 語り部の中には「案内していると、当時を思い出して苦しくなる」と、リタイアした人もいた。三宅さんも、心がうずく場所がある。真備町辻田にある住宅街の一角。水害前に何度も通った家は取り壊され、雑草が生い茂る。

 ここでは目が不自由な70代後半ぐらいの女性が、1人暮らしをしていた。介護ヘルパーの資格を持つ三宅さんは数年間、送迎を担当。手を貸そうとすると「大丈夫」と断る気丈なおばあちゃんだったが、そのうち何でも言い合える親子のような関係になった。「買い物に行きたい」と言うので乗せると、イチゴだけ買ってきたこともある。どこか、かわいらしい人だった。

 水害の数カ月前、「介護施設に入所する」との連絡を受け、倉敷市東部の施設まで送り届けた。だが、「施設暮らしは合わない」と真備に戻って被災し、亡くなった。住み慣れた家で最期を迎えたことから、「人の運命は分からないが、本望だったのかもしれない」とも思う。三宅さんは語り部タクシーで巡るコースに、おばあちゃんの住まいの跡地を加えている。

 5年の時が過ぎ、住宅再建は進む。しかし、三宅さんは車を走らせる度に「街としての復興にはほど遠い」と感じるという。真新しい住居が並ぶ一角にも、ブロック塀だけが残された空き地が点在する。表札がそのままの場所もある。

 「更地になっている以上に切ない。ブロックの風化具合を見ると、それだけの年月を、誰かが暮らしていたはずだと、考えてしまう」。最近の勤務では、乗客の地域の人たちと、車中の会話でそんな思いを共有することもある。それも「語り部」の使命ではないか。三宅さんはそう感じている。【堤浩一郎】

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