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2023.07.06

「死ぬわけねぇが」 豪雨に動かぬ父との「戦い」、動画で伝え

 2018年7月の西日本豪雨は6日で、発生から5年。岡山県がまとめた記録誌によると、同県倉敷市真備町地区では51人(災害関連死を除く)が犠牲になり、うち44人が自宅で亡くなった。水が迫り来る中、なぜ避難の決断が遅れたのか。同町川辺の高梁川沿いにある実家の1階が水没する被害を受けた丸畑裕介さん(41)は、その要因を身をもって体感した一人だ。【平本泰章】

厄介な「正常性バイアス」

 「はよ、逃げよう。死んだら終わるで」「まだ水来るんで」などと懸命に避難を促す息子に対し、「死ぬわけねぇが」「(水が)来る言うて、土手を越えるわけなかろうが」と、頑として動かない父。説得に折れ、外に出た時には水位は胸の高さだった――。

 5年前の被災直後、こんな動画がテレビニュースなどで紹介され、異常事態を認めずに平静を保とうとする「正常性バイアス」を端的に表す例として注目を集めた。頭上に付けたアクションカメラでこの動画を撮影した丸畑さんは「頑固な人なのであの手この手を使ったが、現実から目を背ける父を動かすのは本当に大変だった」と振り返る。

 テレビで流れたのは、実は前日から長く続いた「戦い」の結末部分でしかなかった。

 18年7月6日。高梁川や小田川は過去に見たことがないほど水位が上がっていた。夕方、危機感を覚えた丸畑さんは「水が堤防を越えるかも。せめて電化製品を2階に上げようか」と提案したが、母や弟に「そんな大げさな」と一蹴された。ならばと一人で動かし始めると、父は「勝手なことをするな」と激怒したという。

 深夜、仕方なく3人を残し、息子と高台に避難。その矢先に、スマートフォンには小田川やその支流で堤防が決壊した情報があふれ、SNSでは助けを求める悲痛な書き込みが増えていった。3人を心配し「もう逃げよう。どんなことになってるか知ってるか?」と電話すると、「知らんよ。テレビでもやっていないし」。温度差がもどかしかった。

 朝になると、町の中心部がすでに水につかっていた。「真備がどうなっているか映像で見せれば動くんじゃないか」。家に戻りながら撮影した被害の様子を見て母と弟はようやく避難を決意。家の周辺にも水が迫りつつあったが、父だけは動こうとしなかった。

 最後の最後、何が父を動かしたのか。丸畑さんは「水が床上に達したことです」と言い切る。少しでも床がぬれると必死にぞうきんで拭いていた父が、床に水が達した瞬間にすべてを諦めたような態度を取るようになった。「自分が建てた家を守るという思いが強かっただろうし、息子に言われて意地になった部分もあると思う。それが、あの瞬間に切れた。父も後に『あの時は訳が分かっていなかった』と……」。翌日、土手の上から水につかった我が家を見つめる父の背中がずいぶん小さく見えたのを、今も鮮明に覚えている。

 丸畑さんは6日夜に家を出る時から、ずっと頭上のカメラを回し続けていた。ちょうどユーチューブで自身のチャンネルを開設したばかりで練習も兼ねていたが、目の前の状況が悪化し続ける中で次第に「ずっと撮ってるのは俺だけだ。絶対に残さなくては」と使命感に駆られたという。

 後日、膨大な撮影データを2本の動画に編集して公開すると反響は大きく、現在までに再生回数は計100万を突破。全国各地から講演依頼があり、当時の記憶を語ってきた。「結果的に誰も撮れなかったリアルな映像が残ったので、語り続けるのも自分の役目。運命と受け止めている」

 あれから5年。人前で話す機会が減ってきたが、全国各地で毎年、大雨による被害が頻発している。それぞれの被災地に、かつての自分と同じ経験をした人がいると確信している。「腰が上がらないのは正常性バイアスはもちろん、『一人で行動を起こす勇気を持てない』など人間の弱い部分も原因にあると思う。だからこそ、具体的に何が起きたかを語り継がないと、逃げ遅れはなくならない」

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