ソーシャルアクションラボ

2023.07.19

不安だらけ、初めてのひらがな|せんさいなぼくは、小学生になれないの?㉑

㉑ 2022年5月9日

先週金曜(5月6日)のむすこは、給食登校ができた。今朝も機嫌が良い。

昨日(5月8日)の段階で、今日は「朝は学校に行かない。給食から行く」という話が家族のあいだでできていたからか、はたまた、放課後にウサギを飼っている友だちのところにあそびに行けることになったからか。 今日は、午前中に学校で心電図検査があるのだが、行きたくないというので無理強いはしない。しばらくは、こんな調子がつづくのかなあ、とぼんやり思う。朝ご飯が終わり、妻が次男を連れて、保育園に行く。 むすこは、家に残り、テレビで「おさるのジョージ」をみながら着替えをする。ぼくが仕事をしている時間は、自分だけで過ごしてもらうことにしようとする。――が、結局、相手をしていなければなにもはじまらず、宿題の残りの色塗りを一緒にやる。

ロバの色はどんなだっけ? このおじさんの服をすてきな色にしよう――。丁寧にやっていると、2枚分を塗り終わるのに1時間半もかかってしまった。おそらく、宿題としては、一色でささっと塗りつぶしてしまえばいいのだろうけど、そんな宿題になんの意味があるんだろうと思わないでもない。

※そもそも塗り絵は、筆圧をつけることが目的らしい。

それでも、10時半になるとひまをもてあましはじめ、ふたりで牛乳を買いに行く。前日に友達のお兄ちゃん(小3)と牛乳を買うおつかいにふたりで行けたのが楽しかったようなので、それを繰り返すことにする。

しかし、玄関を出たところで、むすこの行きしぶりの事情を知らない向かいの話好きなおじいさんとでくわしてしまい、「あら?おかしいな、なんでいるの?」と言われてしまう。むすこは無言でかたまっている。

「あー、やばい」と内心思いつつ、「今日はゆっくり、給食からなんですー」ととりつくろったが、このあとに、学校に行かきたくない気持ちに変わってしまう。 近所の薬局の日用品コーナーに行く。牛乳が何円だから、何個100円が必要か、とか、お釣りは全部で何円?とか、数字が好きなようなので、算数の練習をしてみる。5円玉が1円が5個集まったものだということがわかり感心しているようだった。 牛乳の値段は、3ケタなので、計算自体は頭がパンクしているようだった。

買い物も20分もすれば終わった。

***

こういうとき、近所で過ごせる場所が欲しい。午前中に行ける、学校に行きにくい子のフリースペースは9時半から開く。12時半からはじまる給食をよりどころとしてるむすこの生活リズムとはあわない。また、週に一日程度のところが大半だ。居場所がなかなかみつからないけれど、だれかが傍らにいて関心を示してくれていれば、気持ちが落ち着きそうではある

仕事の片手間で相手をしていると、ひますぎることにむすこは腹を立てはじめ、はさみをもってきて、お父さんを切ると言ってくる。それならと、お父さんではなく、折り紙を切ってあそんでみようかとはなす。アートスクールで少しやっていたことをやってみようと考えた。

折り紙を四つ折りにし、適当に切って、ひらくと模様ができあがる。「おもしろい模様ができたねー」というと、やる気をだしはじめ、黙々と折り紙を切り始める。 幼稚園でやっていたことでもあるので、「三角に折ると、桜みたいな模様になるんだよー」「バラバラになったって、おもしろいよね」と、発想を自分で広げて、集中していく。と、だんだんむすこの生気が満ちてくる。

表情が自信に満ちてきて、作り方を得意げに教えてくれたりもする。

作業しながらだと、学校の話も口数多くきかせてくれた。

「学校のひらがなの授業は、みんな速いんだ」

口調は自信なさ気だ。なるほどなー。子どもによっては、ひらがなは幼稚園ですべて覚えてきている。我が家は子どもの「無文字時代」を大切にするために、積極的には教えてこなかった。本人もさほど関心を示さなかった。大人からするとあとから追いつくので気にすることではないとおもうのだが、子どもは今を生きるし、プライドが高い。

正しくゼロから学ぶということが、いまの環境下では自信を失わせている部分があることもわかる。先取り学習は、こうした劣等感を持たせないため、ということになるのだろう。

だが、先生も意図せずして生まれてしまっているのであろうこの競争環境を生む評価軸とはちがう軸があれば、とも思う。

「書く速さより、A(むすこ)は丁寧で、字もきれいだから、きれいな字の書き方をともだちに教えてあげたらいいんじゃない?」とぼくは言った。

 

速さ」で勝負をしなければいいのだ。いずれ身につけられるのだから、もっと、うつくしさや、どんな漢字から生まれてきたかを調べるとか、そういう軸を大切にするといい。はじめての出会いで、きらいや苦手になるのはもったいない。

というような話を、親としては繰り返し繰り返し話していくのがいいのかもしれない。

※書字に困難を抱える子どもも少なからずいて、合理的配慮(ニーズに合った支援)が必要なケースもある。成長もするので、むすこの場合がそれに当たるかはわからないが、初めて字を習う機会に先生に×を付けられたり、直されたりしたことで傷ついてしまっていた。むすこの「速い」は、うまくできずに困っていて、助けてほしいというサインでもあったと今は思う。字が読めるようになった今も書くことは積極的にはしない。

結局、元気を取り戻すうちに、「Hくんと学校から一緒に帰る予定だったよね?帰りにいないと困るんでないの?」ときくと、「そうだね、学校行くわ」となる。

ところが。このタイミングで担任の先生から、「今なら心電図検査が間に合います。今日やらなければほかの学校で受けなければいけません」という連絡がきて、それをむすこに伝えると、また、学校へ行きたくない気持ちが勝る。なんとか学校までは自転車で行ったが、校舎の中に入らず、結局、12時半には戻ってきた。

***

放課後、ウサギを見せてくれると言っていたHくんがむすこを呼びにきてくれて、出かけて行った。

16時ごろに担任の先生が宿題を届けに家にきてくれたが、むすこはちょうど不在。ぼくからむすこの1日の様子を伝えた。先生は「少し時間がある」というので、妻とともに、むすこが遊びに行ったお家に少しだけ顔を出してもらうことになった。

しばらくして、家に妻と帰ってくるなり、むすこは「ウサギを飼いたい」と言いつづけ、機嫌がとにかく悪い。

そのあとも、今日はずっと荒れている。

我が家の家族構成: むすこの父である筆者は。本づくりや取材執筆活動を行っている。取材や打ち合わせがなければ自宅で働き、料理以外の家事を主に担当。妻は教育関係者。基本的には9時~17時に近い働き方をしていて、職場に出勤することが多い。小1のむすこのほかに、保育園に通うむすこもいる。

【書き手】末沢寧史。異文化理解を主なテーマとする、ノンフィクションライター、絵本作家。出版社勤務を経て独立。絵本作品に「海峡のまちのハリル」(小林豊・絵、三輪舎)。出版社どく社を仲間と実験中。妻は教育関係者。本連載では、むすこの小学校入学直後に直面した行きしぶりと不登校をきっかけに、子どもという「異文化」について記します。