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2023.07.28

「試験管育ち」の培養肉はどこまでリアル? 食肉業界の未来を探る

 環境問題への意識が高まる中、食肉の細胞を培養して作られた「試験管育ちの肉(培養肉)」が注目されている。世界的に食肉需要が増す一方で、畜産による従来の食肉は、生産過程で大量の温室効果ガスを排出するなど環境負荷も高いとされるからだ。その代替として期待される培養肉だが、実際のところ、どれだけ「肉々しい」のだろう。2020年に世界で初めて培養鶏肉の販売を認めたシンガポールで味見をしつつ、その可能性を探った。【シンガポールで石山絵歩】

「鶏むね肉」に感嘆の声を上げる客

 「リアルなチキンだ」。シンガポール中心街を少し離れた一角にある精肉・食料品店「フーバーズ・ブッチャリー」。食堂スペースもあるこの店では22年12月から、米国に拠点を置く食品テクノロジー会社「イート・ジャスト」が開発した培養鶏肉の料理を週に1度、限定10食で提供している。店の入り口をくぐると、すでにフロア中央のカウンター席で培養肉メニューを味わっていた若者が感嘆の声を上げるのが聞こえた。

 メニューはこれまでに3回の入れ替えがあり、今はパスタとチキンサンドイッチがそれぞれ22シンガポールドル(約2300円)で味わえる。オンラインでの予約制だが、開始から30分以内で埋まってしまうほどの「予約がとれない店」だ。

見た目や風味は確かに鶏肉

 私はパスタを注文した。運ばれてきた一皿をよく観察する。パスタは、鮮やかな緑のアスパラガス、トマト、そして軽く揚げた「鶏むね肉」がニンニクベースのソースとからまり、つやを帯びている。肉一切れを口に入れると、ニンニクの香りが広がった。個人的な感想はこうだ。「うん、鶏肉っぽくておいしい」

 「鶏肉っぽい」という表現になってしまうのは、食感の問題があるからだ。見た目や口の中で広がる風味は確かに鶏肉らしい。ただ、近くでよく見るときめが粗く、少し硬い気がした。これには、イート・ジャストの培養肉開発を担う部門「グッド・ミート」のシンガポール支社でメニュー開発に携わったジェフ・ユーさん(31)も同意する。「食感を改善しなければならないのは確かで、改良版ではもっと良いものにする。ただ、培養肉だと知らずに食べれば、ほとんどの人が普通の鶏肉だと感じるはずだ」

コストダウン、今後の課題

 ユーさんは、米ニューヨークのミシュラン獲得レストランで副料理長を務めた後、インドネシアで焼き鳥屋を開業した経験を持つ。ユーさんいわく、イート・ジャストが最初に開発した培養肉のチキンナゲット以降、肉質はこれまで以上に鶏肉らしくなってきているという。ユーさんは、培養肉が「本物」と変わらない品質になるのは時間の問題だとしたうえで「あとはコストだ」と語った。

 培養肉の生産にかかる費用は非常に高い。オランダの研究者が13年に世界で初めて作った培養肉のハンバーガーは、パティ肉の培養に25万ユーロ(約3870万円)かかり、いかに費用を抑えるかが大きな課題になってきた。イート・ジャストは、費用がかさむ細胞の培養に使う血清を、アミノ酸や砂糖、塩で代用することでコストダウンに成功。今後は他のプロセスでもコストを下げ、5年以内に通常の肉と同価格を目指すとしている。

畜産業界に「変革」促す

 実際に培養肉の価格が下がれば、従来の畜産肉との競争など食肉業界は新たな時代に突入する。フーバーズ・ブッチャリーの取締役、オンドレ・フーバーさん(43)に業界の未来について尋ねると「伝統的な肉がすべてなくなるわけではない。それに培養肉が広がれば、大量生産主義の一部の畜産業者に変革を促せる」と答えてこう言った。「食肉業界を変えるためにも挑戦する価値がある」

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