ソーシャルアクションラボ

2023.08.27

家電トリセツ、4カ月かけ音声に 目の見えない人に情報届けて半世紀

 ビルの一室から耳に心地よい声が聞こえてきた――。和歌山市で50年以上活動を続ける朗読・音訳ボランティア団体「和歌山グループ声」のメンバーが原稿を読む練習をしていた。新型コロナウイルス禍でのボランティアの担い手確保や、読み上げ機能の発達など、社会の変化を見つめながらも、3代目会長の西山基子さん(62)は「情報は食べ物と並ぶ必需品。時代に合った方法で全ての人に情報が行き届くようにしたい」と話す。【大塚愛恵】

「自分の意思で選択する機会確保を」

 同団体は1970年11月発足。現在は80人ほどが所属し、大半は60歳以上で元教師や一般企業に勤める人などさまざまだ。小学生のジュニア会員も約40人在籍している。録音対象は、新聞のコラム、県や市の広報誌、点字図書館からの依頼を含め多岐にわたる。

 県の広報誌であれば、1冊を6人ほどで分担して約2時間の音声にする。録音までには、原稿に出てくる漢字や固有名詞の読み方に加え、アクセントの確認などを行う。西山さんは「全ての情報を届けて、その中から障害のある人が自分の意思で聞くかどうかを選択する機会を確保したい」と話す。

 点字図書館からは参考書などの個人依頼があり、昨年度の依頼は約40点だった。4カ月ほどかけて完成した洗濯機の説明書の音訳では、操作盤を説明するため、片側に起点を設けてボタンの位置を説明するなどし、4時間超えの音声データが仕上がった。

 写真を多用した書籍も工夫が必要だといい、位置関係を示すため、基軸となる対象を決めて順番に説明。対象の規模や大きさを表現する際も「土砂が川の下方3分の2まで埋め尽くす」など、数量的な描写を心がける。西山さんは「キャプションをヒントに伝えたいことを考え、説明する要素を選択する。色も重要な情報で、生まれつき全盲の人も各色に対するイメージを持っている」と話す。

1冊録音の力、3~5年かけ

 市や点字図書館が主催し、メンバーが講師を務める音訳・朗読ボランティアの養成講座などに参加して新たにメンバーになる人もいて、1冊を1人で録音する力がつくまでには3~5年ほどを要する。新型コロナが流行して以降、担い手の多くを占める高齢者が感染を恐れて外出を控えるなど、人材確保に関して痛手を受けたが、西山さんは「新型コロナの感染症法上の位置づけが5類に引き下げられたことで徐々に持ち直すのでは」と期待も抱く。

 7月29日には同団体が講師を務める体験イベントが市内で開かれた。新聞のコラムやエッセーなどを朗読した参加者からは「年を重ねても続けられそう」「介護職で、視覚障害の人と触れあう機会もある。何か役に立ちたいと思った」といった声も聞かれ、4人が団体に入った。

 近年は読み上げ機能や合成音声も進歩を続けている。新技術の台頭について聞くと、西山さんは「利用者から『合成音声は長時間になると苦手。小説は人間の声で聞きたい』といった意見をいただくこともあれば、図表や写真など、人間でないと読むことが難しい分野もいまだにある。ただ、人の力を借りないと音訳されない世の中でなくなることが理想。全ての視覚障害の人に当たり前に情報が届くのであればいい」と話す。

 今年で団体発足54年目を迎える。「『ほっとけやん』の気持ちに支えられてきた。前会長たちから引きついできた『身分はボランティアでも仕事はプロ』が目指す姿。これからも求められる限りは続けていきたい」

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