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2023.10.19

「スナックくすのき残して」 豪雨被災地から木移植 熊本・球磨

 2020年7月の九州豪雨被災地の一つ、熊本県球磨村で18日、1本のクスノキが移植された。約20人の住民が約2時間の作業を見守り、「心のよりどころになる」と笑顔があふれた。災害から3年余り。住民はクスノキにどんな思いを託したのか。

 「『くすのきバー』『スナックくすのき』とか呼んで、消防団の集まりなど何かあるたびに昔から木の周りに集まっていたのです」

 熊本県南部を流れ、氾濫で大きな被害をもたらした球磨川のほとりにある球磨村神瀬(こうのせ)地区。地元区長を務める仮屋元(もとし)さん(80)が振り返った。

 現場一帯は球磨川の治水策の一環で、国による宅地かさ上げ事業の真っ最中だ。2023年2月に着工し、24年3月を目標に広さ約2ヘクタールのエリアで最大2・9メートル地面を上げる。

 クスノキはこのかさ上げエリアに立っていた。高さ約9メートル、樹齢約100年。住民の上原敦さん(51)の曽祖父が酒屋兼雑貨店を開いた記念に植えた。周辺に居酒屋などはなく、いわば地区のシンボルツリーともいえるクスノキの周りは酒を酌み交わす住民のにぎわいの場となっていた。

 国によると、神瀬地区のようなケースでは樹木を伐採・撤去して補償を支払うのが一般的だという。ところが「クスノキを残してほしい」という住民の声を受け、国は補償に代わって移植を選んだ。

 この日は重機などを使った作業で約100メートル離れた村有地に移植された。移植先には将来、公園整備の計画もある。「地域の皆さんが『残せ』と言ってくれたことが本当にありがたい。少しでも地区が再びにぎわうきっかけとなれば」と上原さんは語る。

 球磨川流域は今も被災の爪痕が多く残る。住民の上蔀(うわしとみ)修さん(67)によると、被災に伴い地区を離れた住民も多く、被災前の約80世帯は約3分の1に減ったまま。「復興はまだまだ」と語る上原さん自身、村外の仮設住宅での生活が続いている。

 そんな中で住民はクスノキにどんな思いを託したのか。「災害からの3年間は、誰も自分たちの将来を話すなんて気持ちになれなかった」。住民の多武(たぶ)和子さん(73)は語り、移植されたクスノキを見上げて言葉を続けた。「やっとみんなで集まろう、家族や昔の思い出を語り合おう、そんな気持ちになってきた。このクスノキはその力をくれる希望、私はそう思うんです」【西貴晴】

九州豪雨災害

 九州5県で災害関連死を含め81人が死亡・行方不明となった。熊本県球磨村では25人が犠牲に。国による宅地かさ上げや球磨川の河道掘削など治水対策が進む一方、熊本県によると県内では442世帯・896人(23年9月末現在)がなお仮設住宅での生活を続けている。

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