ソーシャルアクションラボ

2023.12.01

水害と地名の深~い関係 水との共生――そこに人が住むにはそれなりの理由がある。連載39回 谷川彰英(作家、筑波大名誉教授) 

「全国水害地名をゆく」(インターナショナル新書)

「全国水害地名をゆく」
「全国水害地名をゆく」

 毎日新聞デジタルのソーシャルアクションラボに「水害と地名の深~い関係」の連載を始めたのは2019年11月のことだから、ちょうど4年がたったことになる。その38回までの連載を書籍化して「全国水害地名をゆく」(インターナショナル新書)にまとめて、今年8月に出版した。

 なぜ38回で書籍化に踏み切ったかというと、今年の2023年は関東大震災から100年の節目に当たり、関東大震災のあった9月1日までにはどうしても出したかったからである。正直この出版はこれまでにない苦境を乗り越えて実現した。筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病を抱えながらの文字通りの「死闘」で、最後の校正は2週間にわたる入院中のベッドに縛られながらやり抜いた。今回の本に関しては素直に、アトランタ五輪女子マラソンで銅メダリストを獲得した時の有森裕子さんの言葉を借りて「自分で自分をほめたい」と思う。

 予想以上のメディアからのリアクションがあった。異口同音に言われたのは、絶好のタイミングの出版だということ。それを聞いて死闘を制したかいがあったと思った。

「全国水害地名をゆく」を紹介する宮崎美子さんの動画

よしよし。【宮崎美子ちゃんねる】

 さまざまな新聞・SNSで取り上げられたが、今回紹介するのは俳優の宮崎美子さんが主宰するYouTube「よしよし。【宮崎美子ちゃんねる】」での紹介である。9月のおすすめの本の1冊として紹介するという情報は事前に得ていたので楽しみにしてはいたが、どのように紹介されるのかという不安交じりの期待であった。

 「宮崎美子ちゃんねる」を拝見して、宮崎美子さんの卓越した能力に改めて感嘆した。宮崎さんは本書で私が究極的に訴えたかったことをズバリ指摘してくれたのである。さすが! だと思った。

 本書の「まえがき」で、私は本書を貫く5点のコンセプトを明示した。

 1地名は水害へのアラームを発している。
 2一方的に決めつけることはできない。
 3歴史的な現実から目をそらさない。
 4風化を防ぐ。
 5そこに人が住むにはそれなりの理由がある。

 賢明な読者の皆さんは、それぞれのコンセプトが何を意味しているか、ご理解いただいていると思う。このうち私が究極的に訴えたかったのは5である。

 地名研究者の中には、ある種の地名が水害・災害を招く「危ない地名」「危険な地名」だと決めつける傾向があった。このような傾向について個人的には、何て短絡的で単純な思考なのかとあきれた思いで見ていた。

 ある種の地名が水害へのアラームを発していることは事実だし、それらのエリアにかつて水害があったことも事実かもしれない。しかし、だからと言ってそこに住んではいけないというのは余りに短絡的で無責任だ。だってそこには現に多くの人々が住んでいるじゃないか。そこに住むにはそれなりの理由があるはずだ。それを考えずして「危険な地名」と決めつけることこそ危険だ。それが本書に込めた究極のメッセージだった。

 宮崎さんはその核心部分を的確に指摘して紹介してくれた。熊本県出身の宮崎さんは2020年7月の豪雨で県下を流れる球磨川が氾濫して特別養護老人ホーム「千寿園」で14名が犠牲になったケースに触れ、地元の人たちの「球磨川が暴れ川であることを承知の上で、それ以上に球磨川から恩恵を受けているからここに暮らしているんだ」という声を取り上げながら、私の5のコメント「そこに人が住むにはそれなりの理由がある」の趣旨を説明してくれた。見事だと思った。

水との共生

 このことは、人は水と闘うだけではなく、それ以上に水と「共生」してきたことを意味している。

 10月4日付の毎日新聞のブックウオッチング欄に本書の書評が載ったが、その書き出しは次のようなものだった。

 「水害が多い地域では、水と闘いながらも、共生してきた人々の記憶が地名に込められている。ただ、水害への警告を発するそんな地名は、時代の変化とともに気づきにくくなった。筑波大名誉教授の『地名ハンター』の著者が全国を訪ね、『水害にちなむ』地名の由来を探る」

 プロといえ、記者さんは限られた文字数でうまく書くもんだなあ――いつもそう思う。

「全国水害地名をゆく」を手にする筆者

人の住む所には必ず「良さ」がある!

 大昔の話である。私は長野県松本市の山寺で生まれ育った。松本市の市街地の標高は約600メートル。私の生家は松本駅から8キロほど山に入った所にあり、標高は850メートル。美ケ原高原の山麓の一角である。

 妻と結婚することになり、彼女を生家に連れて行くことになって、松本駅からタクシーで向かった。タクシーが次第に山に入っていった時、彼女が一言つぶやいた。

 「こんな所にも人は住んでるのね……」

 今考えると失礼な一言だが、新潟県高田市(現上越市)の町場に生まれ育った彼女にとっては無理からぬ印象だったに相違ない。しかし、「こんな所にも」と言われようと言われまいと、山の生活の「良さ」を身を持って知っていた私の心は微動だにしなかった。小さい頃近所のおじさんが「山を上りつめた時の気持ちは何とも言えないな!」というのを聞いて、その通りだと思ったことが私の地域認識の原点になっている。

 地名本を書くようになって全国を巡る旅をするようになったが、「日本でどこが一番良かったですか」と聞かれることがしばしばあった。この質問には困った。正直、私の意識の中では、ある地域とある地域を比較してどっちが上・下という発想は全くなかったからである。それぞれの地域にはそれぞれの「良さ」がある。

 私がこれまで書いてきた地名の記事の数は、著書の他に雑誌・新聞・ネット上の連載を合わせると優に1000を超える。その地名は全て現地を訪れ、歩いて現地の日差しを浴び現地の空気を吸って書いてきた。「所変われば品変わる」とは古くから伝えられてきた諺(ことわざ)だが、まさにその通りである。

 地名の現地調査で「こんな所に来なければ良かった」と思ったことは一度もない。地名にはそこに住む人々の思いとメッセージが込められているからである。人が住む所にはその土地なりの「良さ」がある。いや、人は「良さ」のある所しか住まない。そう断言してもいい。半世紀近く全国を巡ってきた地名ハンターの確信である。

 なぜ人々は水と闘うのか? それは水が与えてくれた「良さ」を守るため――言い換えれば、水と共生するためである。

谷川彰英(たにかわ・あきひで) 作家、筑波大名誉教授

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