ソーシャルアクションラボ

2024.01.07

感染拡大の鳥インフル 媒介するのは、警戒手薄なハエ?

 2022年シーズン(22年秋~23年春)に猛威を振るい、今季も感染拡大の兆しを見せる高病原性鳥インフルエンザ。人への感染リスクもさることながら、「エッグショック」として鶏卵価格の急騰をもたらすなど、生活への影響も大きい。渡り鳥など野鳥から広がるとされるが、実は、鶏舎までウイルスが持ち込まれる経路は不明な点が多い。昆虫が媒介する感染症を研究する九州大大学院農学研究院の藤田龍介准教授(42)は、身近なあの虫が深く関係していると推測する。

 鳥インフルは、ウイルスに感染した鳥の唾液やふんなどに触れることで別の鳥に感染するとされる。農林水産省は、鶏舎への感染経路について、感染した野鳥やネズミなどが媒介している可能性が高いとして、防疫指針などで侵入防止ネットの設置や、鶏舎の清掃、車両の消毒などの対策の徹底を求めている。

 藤田さんが注目するのは、農水省の指針でほとんど触れられておらず、現場で警戒が手薄の、ハエだ。

 鳥インフルウイルスをハエが媒介するという説は以前からあった。04年に国内で約80年ぶりに鳥インフルが流行した際、国立感染症研究所の研究チームが、感染死が起きた京都府丹波町(現京丹波町)の養鶏場付近を調査。周辺で採集したハエの10~30%から、鶏舎内と同じ型のウイルスが検出された。別の実験では、ハエから分離されたウイルスが48時間生存し、感染力があることも確認された。

 だが、その後鳥インフルの発生が沈静化したこともあり、ハエの影響に関する議論は深まらないままになっていた。20年以降に再び大流行が発生し農家が大打撃を受ける中、藤田さんはハエがウイルスを媒介する可能性について再び調べる必要があると考えた。

 ハエは通常、春から秋に増えるが、冬場に産卵期を迎えるオオクロバエやケブカクロバエは、鳥インフルの流行期に活発に動き回る。たんぱく質を含む鶏のふんは格好の栄養源だ。

 「感染した野鳥が鶏舎に直接入り込む可能性は考えづらく、人や小動物がウイルスを媒介するのはある意味偶然です。一方、ハエは鳥のふんが好物で、(ふんに含まれる)ウイルスに寄っていく性質がある点で大きく異なるのです」

 藤田さんは22年12月、鳥インフルの感染が多く確認された鹿児島県出水市で現地調査を実施。養鶏場近くの、野鳥が生息する河川周辺など複数の地点で約1000匹のオオクロバエを採集して解剖したところ、最も多い地点では、約15%のハエが鳥インフルウイルスを持っていた。

 別の研究では、1日の飛行距離が1~2キロのオオクロバエを捕獲して生息数を推計したところ、2キロ四方に約6万~14万匹がいるとの結果も出ている。藤田さんは「(同じ条件を出水市に置き換えると)ウイルスを持った数千~数万匹のハエが養鶏場間を飛び回って感染を広めている可能性は高い」とみる。学術界でもハエ媒介説は根強く、23年4月の日本衛生動物学会東京大会では「特別企画」として研究報告がなされた。

 こうした研究を農水省はどうみているのか。23年3月の衆議院農林水産委員会で森健消費・安全局長(肩書は当時)は「ほとんどの発生農場でハエは見かけることがないとの報告を受け、専門家からはハエを特に警戒すべきだとの指摘はもらっていない」と答弁。その後、藤田さんらの研究結果を受け、担当者は「ハエが感染源となる可能性も否定できない」として、九大などと連携する考えを示す。

 藤田さんらの研究チームは更なる知見を積もうと23年10月以降、福岡や熊本、長崎など九州各県の養鶏場で、ハエの発生状況や侵入経路の調査を実施。ハエ捕獲用のトラップや殺虫剤付きネットなど効果的な防除方法も検証する方針だ。

 「ハエがウイルスを媒介することが分かれば、あらかじめハエからウイルスを検知することで、被害を未然に防ぐことだって可能になります」。目に見えないウイルスの追跡の裏に、研究者たちの地をはうような地道な努力がある。【栗栖由喜】

感染症メカニズム解明にAI活用も

 ペスト、マラリア、日本脳炎――。人類史上、大きな脅威となってきたさまざまな感染症も、病原体を運んでいるのは私たちの身の回りにいる昆虫たちだ。

 かつて欧州で大流行を繰り返し「黒死病」と恐れられたペストは、ペスト菌を持ったノミが人を刺すことで感染する。熱帯・亜熱帯地域で高熱や死をもたらすマラリアは、マラリア原虫を持った蚊が人を刺すことで感染する。脳炎発症者の30%が死亡するとされる日本脳炎はウイルスを持った蚊が人を刺して感染する。

 このように昆虫やダニが媒介する感染症は「節足動物媒介感染症」などと呼ばれる。世界保健機関(WHO)によると、全感染症の17%以上を占め、世界で年間70万人を超える死者を出している。近年の気候変動による気温や雨量の変化が昆虫などの生息域や活動などに影響し、感染症が流行する地域や患者数が変化することも予想されている。

 地球上に存在するウイルスの総数は約2億種で、発見されているのは全体の0・01%の2万種程度とされる。九州大大学院農学研究院の藤田龍介准教授(42)らは昆虫が媒介する新種のウイルスを特定してカタログ化するほか、確認されている2万種から未知のウイルスを推測する人工知能(AI)の開発も進める。

 藤田さんは「いまだ発見されていないウイルスは圧倒的に多く、新種を見つけることだけではなく、そのウイルスを解析して性質を明らかにすることが重要です。AIによって、新種のウイルスが人間に感染するかどうかを9割ほどの確率で当てられる性能を目指しています。こうした新技術を活用し、感染のメカニズムの解明や予防につなげることが欠かせません」と話す。【平川昌範、栗栖由喜】

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