ソーシャルアクションラボ

2024.01.20

訪問回収できないなら 災害増で需要「巡回カード」福岡県警が新方式

 大地震や突然の集中豪雨、大型台風の襲来……。災害が起きた際の迅速な救助や被害状況の把握が課題となる中、重要性を増しているのが警察の「巡回連絡カード」だ。警察官が地域の住宅を1軒ずつ回り、任意で家族構成や緊急連絡先を記入してもらってきたが、近年は回収に「壁」もある。共働きで日中は不在の家庭が多く、警察官を装った詐欺事件の増加に警戒感も強まっているためだ。そんな中、福岡県警は「訪問できない」ことを逆手に取った新たな取り組みを始めた。

 「せっかく警察署に来られたので、カードに記入していただけませんか」。福岡市城南区の県警城南署1階ロビー。運転免許証の住所変更に訪れた男性会社員(57)に、交通課の森永優心(ゆうみ)巡査長(34)が尋ねた。手にしていたのは巡回連絡カードと、その活用方法を説明した案内文。「火災や地震、ご家族が事故に遭われた際など非常時の連絡に役立つカードです」。森永巡査長が熱心に協力を呼び掛け、男性はカードに家族構成などを書き込んだ。「以前は警察官が自宅に来て記入を求められたが、警官にふんした詐欺もあり、怖い。ここで書いた方が安心かもね」

 警察では、交番や駐在所に勤務する地域警察官が担当地区の家庭や店舗を巡回し、治安状況の把握に努めてきた。その際、任意で書いてもらうのが巡回連絡カードで、「案内簿」や「連絡表」と呼ぶ地域もある。記入項目は、世帯主や家族の名前▽勤務先や学校名▽非常時の連絡先――などだ。

 福岡県警は警察官の巡回時だけでなく、市民が各種の行政手続きなどで警察署を訪れる際にカード記入への協力を求める試みを2023年2月から全36署で始めた。県警によると、全署的に取り組むのは全国で初めてで、同年12月までの11カ月間で計1万1770枚を回収。独居の高齢者宅を巡回する際に特殊詐欺被害に遭っていないか尋ねるなど、カードで得た情報を生かしているという。

 発案した県警地域部の磯辺芳文部長は「社会の変化や新型コロナウイルス禍で巡回自体が難しくなったことが背景にあった」と明かす。

 社会では、核家族や共働き世帯が増え、日中、自宅に誰もいない家庭が多くなった。以前は年に最低1回は各家庭を巡回できていたが、近年は担当地区の全世帯を一巡するのに数年を要するという。コロナ禍では感染防止のため、巡回連絡自体を自粛。カードの回収率は例年の3分の1程度に落ち込んだ。

 警察官を装って電話をかけ、高齢者から金をだまし取る特殊詐欺事件も相次ぐ。本物の警察官が正規の巡回連絡で来たことを説明しても、住人が不信感を抱き、署に相談する事例が増えている。

 ただ、各地で災害が相次ぐ中、巡回連絡カードの情報が役立つ機会は多い。関連死を含め2万2000人以上が犠牲になった11年の東日本大震災では捜索時に情報が活用された。23年7月の記録的大雨で土石流が起きた福岡県久留米市でも、駐在所員が日ごろの巡回で世帯状況を細かく把握していたことが迅速な救助活動につながったとされる。また、認知症で行方が分からなくなった高齢者を警察が保護した場合に、カードに情報があればスムーズに家族に引き渡せるという。

 一方、過去には巡回連絡カードの情報を悪用した事件も起きた。群馬県で15年、男性巡査が巡回した家庭で個人情報を把握し、その家に住む小学生女児を誘拐しようとしたとして逮捕された。長野県では17年、交番で相談員として勤務していた元警察官が女性との出会い目的でカード情報などを悪用し、200人以上の携帯電話にショートメールを送ったとして書類送検された。

 個人情報の問題に詳しい清水勉弁護士(東京弁護士会)は「地域のつながりが希薄となる中、高齢者や障害者など緊急時に支援が必要な人の情報を把握しておく重要性は増している」と指摘。一方、「高齢」「独居」などの個人情報は犯罪に悪用される危険があるとも語る。「日本が個人情報保護の手本にしている欧州連合(EU)では、警察が個人情報を扱う際のルールを法律で定めたうえで、第三者機関が運用状況をチェックし、客観性、透明性が高い。日本では警察の内規で運用され、第三者機関のチェックもない。ルーズな運用による情報漏えいや不正利用を防ぐには、法律による制度化が不可欠だ」と話す。【近松仁太郎】

関連記事