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2024.01.31

観光や工芸の打撃深刻 政府・金融機関、支援急ぐ 能登半島地震

 能登半島地震の発生から1カ月となり、観光や伝統工芸など産業への影響が深刻化している。政府は支援策をまとめ、金融業界も対応を急いでいる。

 「今年いっぱい営業が再開できなければ、損失は100億円を超える」。石川県七尾市の和倉温泉は、地震で建物や水道などのインフラが損傷し、全ての旅館が休業したままだ。和倉温泉観光協会の宮西直樹事務局長は危機感を募らせる。キャンセルになった予約は1月と2月分だけで約7万7000人に上り、約20億円分の売り上げが消えた。

 政府が1月25日に決定した被災者支援策では、中小・小規模事業者の設備などの復旧費用として最大15億円(石川県)を補助する。ただ、宮西さんは「壊れた建物の復旧が15億円で足りるのか不安は拭えない。今後も柔軟な補助を検討してほしい」と話す。和倉温泉は海と旅館が隣接し、全長約1キロの損壊した護岸の復旧も喫緊の課題という。

 観光産業への影響は拡大している。石川県内の旅行会社63社が加盟する県旅行業協会(金沢市)によると、同県から県内外や海外への旅行は、地震発生後にほとんどキャンセルされた。協会が1月22~26日に会員企業に聞き取りしたところ、旅行キャンセルは8万4914人分で、損失は計約23億円に上った。協会は「旅行自体に『罪悪感』を感じて自粛しているようで、能登の宿泊施設と同様に深刻な状況」と分析。支援策には、3~4月に1人1泊当たりの旅行代金を最大2万円補助する「北陸応援割」が盛り込まれたが、観光の機運はしばらく高まりそうにない。

 伝統産業も深刻な被害を受けている。石川県は九谷焼、加賀友禅など伝統工芸が盛んで、中でも国の重要無形文化財の輪島塗が壊滅的な被害を受けた。デザインや原木の土台づくり、漆塗りなど工程ごとに職人が分業制を敷いており、輪島市では工房や店舗が被災。経済産業省によると、中心部の観光名所「朝市通り」周辺の火災で13事業者の建物が焼失した。輪島漆器商工業協同組合の隅堅正事務局長は「約300ある事業所は、ほぼ全て被災した。分業制なのでとても生産を再開できる状態ではない」と話す。

 政府は伝統産業の再生に向け、道具や原材料の確保に必要な費用の4分の3(最大1000万円)を補助するが、隅さんは「材料がそろっても製造開始から完成まで半年から1年かかる。(職人の)高齢化も進んでおり、引退する人が増えてしまわないか心配だ」と話す。石川県伝統産業振興協議会の岡能久会長も「産業全体が倒れてしまう」と危機感を強め、職人が集える仮設工房の整備支援を求めた。

漁港の地盤隆起、漁業も被害甚大

 漁港の地盤が4メートル隆起するなど、漁業も甚大な被害を受けた。31日に自民党本部で開かれた部会では、水産庁が石川県内の全69漁港のうち、9割近い60漁港で岸壁や防波堤などが損傷し、輪島、珠洲、能登、穴水の4市町18漁港が使用不可になったと明らかにした。一部も含め使用できるのは25漁港で、残る26漁港で調査が続く。全国漁港漁場協会幹部は「少しでも早く漁業が再開できるよう応急的な施設の復旧をしてほしい」と訴えた。

 経済への影響が広がる中、シンクタンク「北陸経済研究所」(富山市)の藤沢和弘氏は「壊れた家を直す以外に、産業の立て直しも同時に図らないと復興は始まらない。被災地を単に『元通り』にするのではなく、安全な場所に集住してもらう『選択と集中』のような議論も、政治主導で進めていく必要がある」と指摘する。

 金融業界では地震保険の申請の受け付けや住宅ローンの返済猶予などの対応が続く。日本損害保険協会によると、1月15日時点で被災者からの地震保険金の請求や問い合わせ件数は約5万件に上った。石川県からの申請などが最も多く、2万件超に及んでいる。

 協会は、火災や津波の被害地域を対象に、航空写真や衛星写真を用いて地域単位で被災状況を認定している。損保各社と共同で調査し、認定結果を共有。保険会社の現地調査を省略し、保険金の支払いを迅速化する狙いがある。東日本大震災で初めて導入された特例措置で、今回が2回目の適用となる。

 他にも大手損保各社が個別の対応を取っており、損害保険ジャパンは被災地の医療機関が逼迫(ひっぱく)して入院の取りやめや早期退院、在宅治療となった場合は、入院や通院とみなして傷害保険や医療保険の保険金を支払う。

 災害救助法が適用された地域に対しては、損保協会や生命保険協会が保険料の払込期間を2024年7月末まで猶予する措置を決めた。また、生保協会は地震による免責条項を適用せずに保険金など全額を支払うとしている。損保協会は「迅速な保険金支払いにより、被災者の生活再建に早くつなげたい」とコメントしている。

5金融機関14店舗が休業、ATM利用できず

 金融庁によると、1月31日時点で地震の影響で5金融機関14店舗が休業し、ゆうちょ銀行を含め計48カ所の現金自動受払機(ATM)が利用できない状態が続いている。このため、全国銀行協会は加盟190行に対し、被災者の預金引き出しや返済などに柔軟に対応するよう求めている。家屋倒壊などで通帳や印鑑を紛失した場合でも本人確認が取れれば払い戻しに応じるほか、住宅ローンや融資の返済条件の見直しなどにも対応する。

 政府は地震の被害額が石川、富山、新潟の3県で1・1兆円から2・6兆円に及ぶと推計。全銀協の加藤勝彦会長(みずほ銀行頭取)は「被災された方々が日常の生活を一刻も早く取り戻されるよう、銀行界として全力で支援していく」と語る。【道下寛子、中島昭浩、山下貴史、高田奈実、杉山雄飛】

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