ソーシャルアクションラボ

2024.02.09

廃棄野菜で名刺づくり 廃校の理科室拠点 「ただ配る時代終わった」

 食料自給率約1100%を誇る農業王国・十勝で、廃棄される規格外の野菜や葉から作られた再生紙を使った名刺が人気だ。サステナブル(持続可能)な社会が世界的に求められる中で、自分を紹介する名刺にその意義を持たせ、特別な名刺を渡したいと考える人が増えている。

 名刺を作るのは北海道音更町で「やさいくる」を営む三ツ山朋美さん(43)。2020年に廃校となった小学校の理科室を拠点に、知り合いの農家から譲り受けたトウモロコシのひげやタマネギの皮などと、学習塾から出た古紙を混ぜて再生紙「やさいくるペーパー」を作る。

 三ツ山さんは三重県桑名市出身。動物の勉強をしたいと帯広畜産大に進学した。食品会社に就職して関西へ。販売企画を担当し、商品のパンフレットやチラシを作るうちにデザインの仕事が楽しくなった。2年で「十勝に帰りたい」と帯広市の印刷会社や広告代理店に転職し、デザインを本格的に学んだ。10年に結婚して退職し、育児をしながら13年にグラフィックデザイナーとして独立した。

 再生紙誕生のきっかけは、地元農家との接点にある。地元農家の直売野菜のニンジンには葉がついているが、スーパーのニンジンには葉がない。農家と話すうち、野菜には廃棄される部分が多いと知った。「十勝地方ならではの発想で、このかわいい葉が使えたら」。19年、地元企業などが主催する「とかち・イノベーションプログラム」に参加。考えに賛同する仲間とともに半年後、再生紙を使った名刺のプレゼンを行うと、数件の依頼が舞い込んだ。

 初めはSDGs(持続可能な開発目標)を意識する企業や団体からの依頼が多かったが、SNS(ネット交流サービス)で発信するにつれて、全国から個人の注文が増えたという。農家から「自分の農園の野菜を使った名刺がほしい」という依頼もある。

 三ツ山さんは「転機は新型コロナウイルスかもしれない」と話す。「コロナ前はビジネス交流会が盛んで、安い値段でたくさんの名刺を作ってほしいという依頼が多くて。『ただ配るだけだから、何でもいい』という声にずっと疑問がありました」と振り返る。

 「コロナ以降、ただ配るという時代が終わったなと。本当につながりたい相手に、自分が大事にしている思いを名刺とともに渡したいという人がすごく増えたと感じています」と話す。

 SNSで個人が自由に発信できる時代に、ひとつとして同じ柄がない名刺を直接大切な人に渡したい――。人と人の交流を次代につなぐ名刺が、ひときわ輝いて見えた。【貝塚太一】

関連記事