ソーシャルアクションラボ

2024.03.18

全盲記者、ヤマハ銀座店で音楽体験 楽譜読めなくても、気軽に演奏を

 東京都中央区の通りに面した「ヤマハ銀座店」。地下2階、地上12階の建物にあり、楽器の販売はもちろん、体験型の施設もある。昨年9月、視覚障害者が楽しめるおすすめの体験を紹介した点字付きの冊子「ウエルカムガイド」を視覚に障害のあるスタッフが中心になって作り、配布もしている。企業が運営する施設としては珍しい取り組みで、視覚障害者からの問い合わせが絶えないという。点字毎日の記者で全盲の私は3月1日、同店を訪れ、スタッフの案内でわくわくの音楽体験を満喫した。【佐木理人】

上質な音空間

 「天井が高い」。1階の正面玄関を入って、私がまず感じたことだ。「高さは3メートルほどでしょうか」。出迎えてくれたスタッフの女性が、すかさず教えてくれた。点字の楽譜が読めず、何の楽器もできない私だが、広々した空間に期待が高まる。

 別の女性スタッフが案内してくれたのは、大きな丸い「ミュージックテーブル」。季節に応じた模様が表面に投影される。3月は新緑の色でピアノの形をしたチョウチョが飛び回る。女性スタッフから飲み物のカップをわたされ、「テーブルの上に置いてみてください」と促された。そっと置いてみる。すると、バイオリンの音色が聞こえてきた。飛び交うチョウチョとカップの底が重なると、音色が流れる。音色は5種類。女性スタッフから「同席の方とアンサンブルするような音楽のコミュニケーションができるんです」と言われ、居合わせた来店客が和む様子を思い浮かべた。

 次に電子グランドピアノの前のベンチに座る。しばらくすると、ピアノの静かな音色が聞こえてきた。昨年71歳で亡くなった世界的な作曲家・坂本龍一(さかもと・りゅういち)氏の代表曲「戦場のメリークリスマス」の自動演奏だ。吸い込まれそうな旋律に「いつまでも聴いていたい」と聴き入ってしまった。命日に当たる3月28日までの企画という。

演奏にチャレンジ

 いよいよ5階のピアノのフロアへ。ここには、ピアノと電子ピアノが約50台並ぶ。ほのかに木の香りもする。

 体験したのは、グランドピアノとアップライトの違いだ。椅子に腰かけ、スタッフが弾く音色に意識を集中する。グランドピアノの音には深みと広がり、透明感を、アップライトにはクリアな軽やかさを感じた。

 調律や修理などが担当の女性スタッフに手を取られ、ピアノの内部をじっくり触る。響きの差異を生む仕組みについて詳しい説明を受け、音質の違いを合点した。

 続いて4階の管弦打楽器のフロアへ。ここには約250点の楽器が展示され、気軽に触れられるエリアもある。

 男性スタッフのサポートで私がチャレンジしたのは「デジタルサックス」。外観や指の配列、使い方は、アコースティックのサックスと同じ。重さは約1キロ。単4電池4本で動く。椅子に座り、ラッパの吹き出し口のような部分を下に向けて立てて持つ。上のマウスピース部分をくわえ、ゆっくり息を吹き込む。サックスは内部のリードが振動して音を出すが、デジタルは内部センサーが反応して音を出す。大きなスピーカーにつないだり、イヤホンを付けたりもできる。「ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド」。ぎこちないながら、思ったより簡単に音階が吹け、うれしくなった。

 アルトやテナー、ソプラノといった各種サックスの音が出せ、録音もできる。道具を付けて音を押さえられる金管楽器と異なり、穴が多い木管楽器は、それができない。そこで、こうした楽器が開発された。スタッフの男性は「サックスを始める前や本格的な演奏にもいいんです」とすすめる。

 このほか、ヤマハが、管楽器未経験者向けに開発した「ヴェノーヴァ」にも挑戦。あっという間に時間がたった。

くつろぎの空間も

 一息つける空間もある。2階のカフェラウンジだ。

 ゆったりした椅子に座り、作曲者や曲にまつわる食事、ドリンクが楽しめる。ポーランド出身のショパンが好んだタラのソテーやドイツのブラームスが大好きだったコケモモのノンアルコールカクテルなどがある。「シャカシャカシャカ」。シェーカーを振る音もいい。壁面の本棚には音楽に関する約700冊の書籍が並び、ラウンジの利用者は自由に読める。音楽好きが集う場にもなっているという。

 4種あるノンアルコールのカクテル「モクテル」の中から私がいただいたのは、一番人気の「ウィリアム・テル」。リンゴジュースをベースにして矢の形をしたピックが刺さった姫リンゴが乗っているのが面白い。

 さっぱりした酸味のきいたモクテルを味わっていると、右手のステージでコントラバス、ドラム、ピアノによる演奏が始まった。だが、演奏者の姿はない。同店の目玉の「リアル・サウンド・ビューイング」だ。演奏のデータを振動に変換し、舞台上の楽器に伝えて自動演奏するシステムだ。

 スピーカーとは全く異なる迫力たっぷりの音だった。背後のモニターには、演奏者のライブ映像が流れていた。

 音楽に始まり、音楽で終わった銀座店での1日、さまざまな楽器の魅力だけでなく、スタッフとの会話から音楽への愛情を感じ、視覚以外の感覚でもいろいろ楽しめた。ぜひ再訪したい。

 銀座店では、視覚障害者が事前に連絡すれば、スタッフが店内を案内してくれるという。問い合わせは同店(03・3572・3171)へ。

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