ソーシャルアクションラボ

2024.04.01

災害時の井戸活用「想定せず」自治体3割 利用枠組み整備も道半ば

 災害で断水が生じた際、住民の飲料水や生活用水を確保するために地域防災計画で井戸の活用を想定していない自治体が、全国の道府県庁所在市、政令市計51市のうち、約3割の15市に上ることが毎日新聞の調査で判明した。想定はしていても、井戸の数を把握していなかったり、住民が利用できるような枠組みが整備されていなかったりする自治体もあった。

 1月の能登半島地震では水道管が広範囲で破損し、断水が長期化して被災者の生活用水の確保が課題となっている。地下水は全国ほぼどこでも出るため、上水道に支障が出た際に井戸は有効な代替手段になる。国は2015年策定の水循環基本計画で、自治体に「大災害時における地下水利用の研究を進め、その推進に努める」ことを求めているが、取り組みが十分とはいえない実態が浮かんだ。

 調査は2月に実施し、全51市から回答を得た。それによると、災害時に井戸を活用することを想定していたのは36市で、活用できる井戸数を把握していたのは32市だった。

 井戸には、自治体が公園や学校などに災害用として整備する「公設井戸」と、商業施設や工場などの事業者や個人が所有する「民間井戸」がある。32市が把握する井戸の総数は計1万1012カ所で、うち民間井戸は約8割の9071カ所だった。

 十分な量の水を確保するには数が多い民間井戸の活用が欠かせないが、災害時に活用するために登録制度を設けているのは約5割の26市にとどまった。活用が進まない理由として、水質の安全確保に不安があることや、井戸の設置費や維持費の負担が大きいことを挙げる自治体があった。

 1市あたりの平均は公設、民間を合わせて344カ所で、横浜市(1865カ所)▽浜松市(1539カ所)▽宮崎市(1784カ所)――のように、多くの利用可能な井戸を確保している自治体もあった。

 東京23区にも同様の調査をしたところ、新宿区を除く22区で災害時の井戸活用を想定し、江東区を除く22区で民間井戸の登録制度があった。首都直下地震への備えの一環とみられる。

 調査とは別に能登半島地震の被災13市町の災害対応の担当者に口頭で取材したところ、12市町が「民間井戸を活用する制度はない」と回答。災害後に「井戸の重要性を再確認した」と答えた自治体もあった。

 災害用井戸に詳しい大阪公立大の遠藤崇浩教授(環境政策学)は「地下水は地面の下で面として広がっている。そのためくみ上げ施設が整備されていれば、被災地の直下でアクセスが可能であり、災害時の水源として威力を発揮する。飲み水に使えなくても、災害後に不足する洗濯やトイレなどの生活用水にも使えるため、避難者の生活の質の維持にもつながる。災害時に有効活用できるよう、平時からの備えが重要だ」と指摘する。

民間井戸の活用が鍵に

 井戸は、地面と平行に埋設される水道管と異なり垂直に掘って地下水を取水するため、地震の影響を受けにくく災害に強いとされる。自治体が設置する公設井戸だけでは災害時に必要な量をまかなうことは難しいが、数が圧倒的に多い個人や事業者が所有する民間井戸を活用できれば、新たに設置する費用を抑えられ多くの給水拠点を確保できるなどメリットは大きい。

 ただし、深さで水質や水量が変化しやすいのが難点だ。深さ10メートル程度の浅井戸が多い個人井戸を活用する場合は、飲料用に使えるか、トイレや風呂などの生活用水のみかを判断するために水質検査が欠かせない。松江市の担当者は「安全性に課題がある」と民間井戸の活用には消極的だった。

 一方、自治体や事業者が所有することが多い深井戸は地下30メートルの硬い岩盤の下の地下水を利用するため、豊富な水量を得られ、水質も安定するが、数が少なく工事費用は高額となる。

 東京都台東区は地下約100メートルで揚水能力が毎時平均1万2080リットルの深井戸を公園など10カ所に設置する。1日1人あたり飲料用に最低限必要な水3リットルを1時間で約4万人分提供できる計算だが、10カ所の維持費だけで年間約1200万円に上る。区担当者は「設置費はもっと高額だ。簡単に増やせない」と明かす。

 それでも、過去に災害を経験した自治体では井戸の有用性を再確認し、活用に向けた整備に熱心だ。

 2016年の熊本地震で被災した熊本市は、全域が断水した経験を踏まえ17年以降、市内の企業、団体が所有する井戸を災害時に活用する制度を開始。24年2月時点で市内103カ所の井戸が登録された。

 14年に広島土砂災害を経験した広島県は翌15年に県環境保健協会と協定を結び、井戸の水質検査を無償で実施する。18年の西日本豪雨では、県内6市町491カ所の井戸の所有者らから検査実施の申し込みがあり、地域への井戸の開放を後押しした。協会の乙部将司課長は「水質検査をすることで井戸所有者も安心して近隣住民に利用を呼びかけられた」と強調する。【城島勇人、山崎あずさ】

関連記事