ソーシャルアクションラボ

2024.06.08

性別理由に選手登録できず 積み重なる「もやもや」体験

 関東出身の中原大介さん(23)=仮名=は首都圏の大学で軟式野球部に所属する。「プロ野球がなければ生きていけない」と語るほどの巨人ファンでもある。野球は生活の一部なのだ。

 そんな中原さんは物心がついた頃から自らの性別に違和感があった。戸籍上の性別は女性だったが、「女性であると感じたことは人生で一度もない」。幼稚園や小学校で男女に分けられるたびに困惑した。中学校では女子と名の付く部活動に入るのが嫌で、文化系のクラブを選んだ。

 中原さんが野球を始めたのは中学に入ってからだった。周囲よりもやや時期が遅く、男子の野球部に入るのをためらった。元プロ選手が主催する野球教室に週1回、通った。野球ができるだけで楽しかった。

 高校生になると、そんな中原さんを知る男子の同級生から男子ソフトボール部に誘われた。女子の部がないこともあり、男子部員から自然と受け入れられた。

 ただ、つらいこともあった。戸籍上の性別が女性であるため、選手登録が認められなかったからだ。顧問教諭は関係者に掛け合ってくれたというが、「規則だから」とのことだった。

 「下手で試合に出られるレベルではなかったから。あまり気にしていなかった。たまに1打席ぐらい立たせてくれたらと思ったことはあるけど……」

 淡々と振り返る中原さんだが、さみしさも味わっている。選手として認められない中原さんは、ベンチに入ることもできなかった。試合中はできる限り仲間たちの近くに立ち、ネットや柵越しに一人で応援したという。

 「寂しいので試合が始まるぎりぎりまでベンチにいた。試合前のノックに入れなかったり、試合開始や終了時の整列に並べなかったりして疎外感を抱いたことはよく覚えている」

 その後、大学生になって再び軟式野球に取り組んだ。大学が加盟する軟式野球リーグでは性別の規定がなく、選手登録が認められた。それでも、日々の着替えや宿泊を伴う合宿など困ることも多かった。加えて、こんな思いも口にした。

 「能力主義は決して悪いことではないが、うまいやつが偉いという風潮にはもやもやする。控えも貢献していることを忘れないでほしい」

「もやもや」を可視化

 女性の比率が学生で2割、教授で1割にとどまる東京大。ジェンダー問題の解決などに取り組む東大の学生団体「UT RISE」は昨年、あるアンケートを実施した。

 スポーツや体育にまつわる「もやもや」体験の声を聞かせてほしいと募集したところ、学内外の学生や教職員ら約50人から回答が寄せられた。授業や部活動、更衣室などについて男女で分けるのを当然視することへの疑問のほか、周囲にからかわれたり、責められたりした体験をつづった内容も多かった。

 アンケートを実施したのは「可視化」することで、スポーツや体育の存在意義を問い直すためだ。メンバーの一人はこう訴える。「嫌な思い出が増えるならば、何のためにスポーツや体育をする必要があるのだろうか」【田原和宏】

トランスジェンダー

 トランスジェンダーとは、生まれた時に割り当てられた性別とは異なる性別で生きる人々を指す。

 「トランスジェンダー入門」(周司あきら、高井ゆと里著、集英社新書)は「生まれたときに『あなたは女性だよ/男性だよ』と割り当てを受けたその性別集団の一員として、自分自身を安定的に理解できなかった人たち」と定義する。

 これにならえば、性自認が男女どちらでもない、どちらとも言い切れない「ノンバイナリー」も含まれるとしている。ただし、「越境(トランス)」の意味合いが自らの経験にそぐわないとして、自身のことをトランスジェンダーとして捉えていない人々もいる。

 同書によると、統計調査によって異なるが、人口の0・4~0・7%ほどで「圧倒的に社会的少数者」であることを理解すべきだとしている。

 トランスジェンダーは「性同一性障害」と診断された時期もあったが、世界保健機関(WHO)は2022年に発効した国際的な疾病のリスト「国際疾病分類」で、「性同一性障害」を「性別不合」と改め、精神障害の分野から外した。

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