ソーシャルアクションラボ

2024.08.10

DEIは「その人にあった自転車」の提供 現場から声を上げよう

 企業経営におけるキーワードとして関心が高まっているDEI(多様性、公平性、包摂性)をテーマにしたトークイベント「DEIは誰のため? 企業担当者のリアルトーク」が7月27日、東京都千代田区の毎日ホールで開催された。約40人の聴衆が耳を傾ける中、DEIの意義を伝えるためのロジックや現場からダイバーシティーを推進するためのヒントが示された。

 登壇したのは総合人材サービス大手「ランスタッド」のED&I担当マネジャー、村松栄子さん、ネットメディア「NewsPicks for WE」編集長の川口あいさん。毎日新聞社DEI推進委員会事務局の中川聡子委員がコーディネーターを務めた。

 村松さんはDEIを「自転車」に例えつつ「それぞれの体格や特徴に応じた乗りやすい自転車を提供し、能力を最大限発揮してもらうための取り組みだ」と話した。

 川口さんは企業取材の経験から「DEIはボトムアップとトップダウンがかみ合った時に動き出す。現場から声を上げていくことが重要」と指摘した。

 毎日新聞社は2月、従業員の多様性を確保し、全員が力を発揮できる環境をつくるための「毎日新聞DEI宣言」を公表している。今回のトークイベントは「GENDER TALK WEEKEND~話そう、聞こう、みんなのモヤモヤ」(毎日新聞社主催、ランスタッド協賛)内のプログラムとして実施された。【川崎桂吾】

「昭和の自転車」に企業のリスクも

 トークでのやり取りは以下の通り。

 中川 DEIとは、多様性(Diversity)、公平性(Equity)、包摂性(Inclusion)を指しますが、具体的に何を意味するのでしょうか。

 村松 ランスタッドではDEIをED&Iと呼んでいます。公平性がポイントだからです。私たちは自転車の絵を使って説明するのですが、上の図で示されているのが平等性(Equality)。それぞれ体の大きさはバラバラですが、みな同じ大きさの自転車を使っています。平等ではありますが、一部の人しか能力を発揮できないでしょう。

 これに対して、公平性を示しているのが下の図です。体格や特徴にあった自転車が提供されることで、それぞれの人が能力を十分に発揮することができ、組織のパフォーマンスも向上します。DEIとは、この状態を目指すための取り組みだと言えます。

 中川 上の図は日本的な雇用慣行、つまり専業主婦のパートナーがいて、長時間労働が可能な男性に合った自転車はあるけれども、他の属性の社員にとっては能力が発揮しにくい労働環境の比喩ともとれますね。

 川口 昭和の自転車は令和の男性にも合わなくなっています。企業はそこをメンテナンスしなければ、男女問わず若手の人材流出を招くリスクがあります。コロナ禍以降、リモートワークが浸透したことで男性の意識もかつての「イクメン」的なあり方から進み、共働き夫婦がよりイーブンな関係に変化したと感じます。

 また「誰もが事情を抱えている時代」という視点を持たないと、公平性は実現しないのではないでしょうか。「NewsPicks for WE」でコンサルティング会社「ワーク・ライフバランス」の小室淑恵社長を取材した際、同社では有給休暇制度とは別に、誰でも取得できる15分の休みが年間270時間あると聞きました。

 きっかけは不妊治療中の社員の声。ですが、不妊治療以外にも介護から私的な用事まで何にでも使えて、社内で大変好評だそうです。生理休暇など特定の属性にフォーカスした休みはワークしないことも多いもの。生産性向上のためには、労働時間ではなく、その社員が一線で働けているという意識が重要で、こうした制度設計は社員のモチベーションを高めるのだなと実感しました。

変えるべきは制度でなくカルチャー

 中川 日本企業にありがちなのが、育児・介護といったケア責任に特化した勤務・休暇制度。しかし男性にはなかなか使ってもらえず、「子育て女性は優遇されている」という反発にもつながっているのでは、と思います。

 村松 私は日系・外資系あわせて5社を経験しましたが、結局変えるべきなのは制度ではなく、カルチャーではないかと考えています。本来、会社側が「この属性であれば多様な働き方をしてもいいよ」とジャッジしてはいけないはず。そもそも、人というのは多様な存在なのです。誰もが自分にとって最適な形で働き、休み、成果を出す、ということが、組織としても社会としても求められています。

 中川 カルチャーを変えていくために、必要なことは何でしょうか?

 川口 私がさまざまな企業を取材してきて感じるのは、ビジョン・ミッション・バリューが明確で、社員が「腹落ち」しているかが重要、ということです。たとえば、メルカリ。企業理念が最初にあって、福利厚生の考え方や女性管理職比率などの目標値の公表などDEI推進の上で一貫したロジックがあります。社員がそのロジックにコミットメントしているからこそ、制度が生きてくるのではないでしょうか。

 村松 おっしゃる通り。経営者が会社の業績に関わるような重要な場面でダイバーシティーに触れない企業の場合、現場は「DEIの優先度は高くない」と受け取ってしまいます。もう一つは、経営者が「自転車が体に合わない」人たちの声に耳を傾け、最適な自転車のあり方を考えることです。

DEI推進に必要なこと

 中川 DEI推進においては、リーダー層をどう登用していくかも大きな課題です。

 村松 やはり女性登用は欠かせません。暗黙の商慣習など男性に有利にできている仕組みはあって、女性が手を挙げにくい現状はあります。採用・育成・登用のプロセスを公平にすること、選考過程には女性を関与させることも重要です。

 皆に最適な自転車が提供されれば、本来は男女イーブンになるはず。その途中に、合わない自転車があるのではないか、という視点を持つべきです。たとえば、育児や家事と両立できないポジション・業務があってよいのか。保育園の送り迎えがあってできない業務がありますというときに、それは必要な業務か、誰かが代替できないか、と考える。それが上司の責任です。

 川口 チームの情報共有や、この業務は本当に必要なのかと疑う目線を持つことは本当に重要ですね。男女問わず管理職登用を忌避する傾向は強まっています。リクルート社では、その壁を乗り越えるために、事業部ごとにバラバラで、かつ能力以外の無意識のバイアスも入っていた選考過程を改め、管理職登用要件を明文化したら、管理職候補者が男女とも増加したそうです。

 中川 DEI推進に取り組む企業担当者、会社を変えたいと望むビジネスパーソンへのメッセージをいただけますか。

 村松 横の連携がポイントではないでしょうか。社員の自発的なグループが声を上げ、そのことが会社の施策に反映されていくことが理想です。トップダウンによるかけ声だけでは押しつけのようになってしまうので、人事部門もボトムアップの動きを望んでいるように思います。自分たちで変えたいという声を上げ、職場で浸透させていくというのは、どんなポジションにいても重要な取り組みです。

 川口 私はまずは仲間を3人作ることが重要だと思っています。どの会社にも、同じことを考えている仲間は必ずいます。そしてエビデンスを集める。女性管理職が高まると株主資本利益率(ROE)にインパクトを与えることなど、経営層を説得するための材料です。横の連帯とエビデンス、このセットで経営陣に声を届ける。ボトムアップとトップダウンがかみ合って初めてDEIが動き出すように思います。

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