2024.08.27
「鯨のレストラン」海外上映本格化 「食の多様性」訴えに広がり
「生態系のバランスを保つためにも適正な捕鯨には意義がある」。こんなメッセージを込めたドキュメンタリー映画「鯨のレストラン」の海外上映が4月に始まり、9月には米国で初公開される。私は5月に高松市で上映された際、八木景子監督の舞台あいさつと、香川大経済学部の岡田徹太郎教授による鯨食に関する特別授業について記事にした。海外上映が本格化する中、八木監督と岡田教授に改めて取材した。【佐々木雅彦】
「鯨のレストラン」は八木監督の2作目で、2023年に完成した。鯨料理店主と客のやりとりを柱に、国際舞台で活躍する鯨類研究者や食糧問題の専門家ら約10人にインタビューを重ね、「地球上の人々がそれぞれの文化、伝統にのっとって動植物を食べるべきだ」との視点を押し出した。これまで、国内ではミニシアターや大手シネコン計15館で、海外ではフランス、インド、ギリシャで上映された。
八木監督は東京都生まれ。小学生だった1970年代、毎年夏は捕鯨基地のある千葉県の南房総地域で過ごし、鯨肉は移動販売車でよく見かけた。当時、学校給食の人気メニューでもあった。「いつか映画を撮りたい」と思ったのもこの頃だ。母を亡くして心の支えを失った8歳の時、チャプリンの映画を見て「悲しみを面白おかしく描ける世界があるんだ」と魅せられた。
夢の実現に向けて、外資系映画配給会社での勤務を通して業界の知識を身につけ、映画製作などを学ぶワークショップにも通った。本格的にカメラを回し始めるきっかけは、国際司法裁判所が2014年、日本の南極海での調査捕鯨について見直しを命じた判決だった。日本の敗訴に疑問を抱き、鯨食についてもっと知ってもらおうと、沿岸小型捕鯨を続ける和歌山県太地町に単身入った。翌15年に完成させたのが、1作目の「ビハインド・ザ・コーヴ」だ。日本捕鯨を非難した米映画「ザ・コーヴ」(10年米アカデミー賞受賞)に反論し、反捕鯨団体「シー・シェパード」のメンバーにも取材した内容で、国内外で注目された。
24年4月には、低迷していた鯨産業を後押ししようと、民間の研究者や会社経営者ら有志の協力を得て「一般社団法人鯨食復興研究所」を設立した。上映会やトークイベント、鯨食会を計画中だ。8月からは、海外上映を通じて理解を広める活動資金を募るため、クラウドファンディング(https://camp-fire.jp/projects/777808/view)を始めた。
香川大で学生らに特別授業
一方、岡田教授は「この映画を多くの人にぜひ見てほしい」と高松での上映の実現に尽力した。上映直前に行った特別授業は、香川大の2年生約260人が受講した。
ある学生はリポートに「講義を受けた段階では捕鯨問題は放っておいてよいと考えたが、映画を鑑賞して、世界的な問題につながっていることが分かった」と記した。映画を見た別の学生は「なぜ鯨だけが食用を巡って論争になるのか。鶏や牛も初めは食用ではなかったはずだ」と書いた。一方、「日本には鯨に頼らなくても十分な食資源があるのだから、鯨食文化を一時的に取りやめる方がいいのではないか」と記した上で「賛否両論の業界だからこそ、(異なる文化への)寛容さ・理解が必要」とまとめた学生もいた。岡田教授は「捕鯨と鯨食は日本の伝統文化の一つだという視点が学生たちに伝わった。海外の人たちにも、新たな見方を提供できるのではないか」と期待している。
「食の多様性を考える場をつくりたい」。そんな八木監督の思いが、少しずつ広がりを見せている。
戦後日本を支えた鯨肉 現在は商業捕鯨
かつて日本は捕鯨が盛んで、鯨肉は戦後の食糧難を支えた。1982年に国際捕鯨委員会(IWC)が資源の枯渇が懸念されるとして商業捕鯨の一時停止を採択すると、日本は生息数などを調べる調査捕鯨を開始。2019年にはIWCを脱退し、商業捕鯨を再開した。
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