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2025.01.29

障害者の芸術運動に尽力 「たんぽぽの家」前理事長の遺作出版へ

 障害者の芸術運動に生涯をささげた社会運動家、播磨靖夫さん(2024年10月に82歳で死去)が大学生に語りかけた講義録が31日出版される。障害があっても不幸にならずにすむ未来社会を目指し一般財団法人「たんぽぽの家」を設立し、理事長として長く活動を引っ張った播磨さんの遺作となる。編集者は「障害とアートを切り口に、人間の幸せについて考えさせられる本。いろんな人に届いてほしい」と話す。

 播磨さんは新聞記者などを経て1976年、障害のある人の生きる場を作ろうと「たんぽぽの家」を設立した。障害者が夢や思いを込めた詩に曲を付けて歌う「わたぼうし音楽祭」を始めるなど、障害と芸術活動を結びつける市民運動をリードした。

 23年12月、播磨さんは女子美術大学(東京都)から依頼を受け、障害者の芸術活動を見つめ直す「エイブル・アート・ムーブメント(可能性の芸術運動)」をテーマにオンラインで講義を実施した。障害のある人には芸術的才能がないという見方がされていた時代、実作品の力で社会を変える必要があると考えた播磨さんらの活動によって、徐々に企業や行政が障害のある人の芸術活動支援をしてくれるようになったと紹介。「アートは素晴らしいということを誰もが共有できる社会になりつつある」と語った。

 講義から半年足らずの24年の春、播磨さんに病気が見つかった。これまでスタッフらが「本を出してみては」と打診しても、「自分の活動はまだ道半ばや」と笑ってかわしてきた播磨さんだったが、入院中に考えたのだろうか、「少しくらい若い人たちに残せることがあるかもしれない」と講義の内容を本にしたいと申し出た。

 本の編集を担当したのは、長年たんぽぽの家の活動報告書などの編集・デザインを手がけてきた大阪市の出版社「どく社」の多田智美さん(44)と原田祐馬さん(45)だ。退院から間もない播磨さんの自宅に呼ばれ、すしを食べながら本作りの打ち合わせをした。

 原田さんらは、講義からちょうど1年後の12月の出版を目指し、急ピッチで準備に取り組んだ。残念ながら、完成した本を播磨さんに直接届けることはかなわなかったが、試作段階のものは見てもらうことができたという。

 著書名は「人と人のあいだを生きる 最終講義 エイブル・アート・ムーブメント」。タイトルは播磨さんが考えた。講義録に加え、これまで播磨さんが執筆してきた原稿を再録した。多田さんは「思想家、運動家という枠を越えた、多様で魅力的な人間としての播磨さんが浮かび上がる本になった」と話す。2750円。31日から全国の書店やネットで購入できる。

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 「私が死んでも、しのぶ会はくれぐれもしないように」と話していた播磨さん。その意向を踏まえ、関係者らが本の出版を記念して、思い出を語り合う会が25日、奈良市のたんぽぽの家であり、約180人が集まった。

 特に関係が深かった関係者が登壇し、それぞれ播磨さんとのエピソードを紹介した。播磨さんの行動に翻弄(ほんろう)された話や酒の席で社会の問題点や未来について夜が明けるまで議論し合った話など、会場は笑いあり、涙あり。約50年前から交流を続けてきた、元養護学校教諭、向野幾世さん(88)は「最初は播磨さんの言っていることが理解できなかった」と笑いながらも「これまで日本の福祉のために社会に提言し続けてくれた。惜しい人を亡くした」と声を震わせた。

 お酒好きで、おちゃめで、さみしがり屋な播磨さん。参加者は「彼亡きあとも、彼から学んだことを胸に頑張ろう」と心を新たにした。【木谷郁佳】

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