2025.11.21
村の9割、一瞬で消えた 美しいスイス「魔法の谷」を襲った氷河崩壊
アルプス山脈の名峰がそびえるスイス南部バレー州。レッチェンタール渓谷とその周辺一帯は、世界自然遺産に登録される風光明媚(めいび)な土地だ。アルプス最大のアレッチ氷河(約78・5平方キロ)に代表される山岳氷河群を抱え、自然の雄大さから「魔法の谷」とも形容される。
その美しい谷に張り付くように歴史ある家々が軒を連ねていたブラッテン村(標高約1540メートル)を5月、悲劇が襲った。谷の上流にある氷河の一つが崩壊し、水と氷混じりの真っ黒な土石流が人口約300人の村をのみ込んだのだ。
「あの日のことは忘れもしない。大惨事だった」。村の下流側にあるウィーラー村の観光案内所に勤務するアースラ・ウェレンさん(55)はこう振り返る。
「当時案内所にいて、数十秒間、窓はガタガタ鳴り、地面の揺れを感じた。土砂は全てをのみ込んで、私たちの村のすぐそばまで押し寄せた。この村も将来どうなってしまうのか。誰もわからない」
州当局などによると、5月28日午後、村から標高にして1200メートル以上の差がある上流のバーチ氷河で大規模な地滑りが発生。周囲の岩石や土砂を巻き込み、平均時速200キロで一気に流れ下った。解けた氷河と土砂の総重量は推定約2000万トンに及んだという。
村があった谷底には、深さ最大数十メートル、長さ2キロにわたって氷や土砂が堆積(たいせき)し、村の9割が消えた。州当局の監視で氷河の急速な滑りが確認されていたため、村民は約1週間前に村外へ避難していた。だが、1人の男性(64)が行方不明となり、後に遺体となって見つかった。
氷河崩壊の一因として考えられるのが地球温暖化だ。アルプスでは気温上昇に敏感な山岳氷河の後退が多数確認されている。スイスの永久凍土監視ネットワーク「PERMOS」の観測点では、2015~24年のわずか10年間で、深さ10メートルの永久凍土の温度が最大1・1度上昇。氷の融解を招いている。【バレー州・高橋由衣】
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