2020.04.23
検証「広域避難」 自治体またぐ避難に壁 東京23区調査
※この記事は2020年1月12付毎日新聞朝刊に掲載されたものです
検証 「広域避難」 東京23区
河川の氾濫で居住自治体の全域が浸水する恐れがあるなどの理由で、住んでいる市区町村の外へ住民が逃げる「広域避難」について、東京23区のうち10区が計画を作成したり、検討したりしている。毎日新聞のアンケートに各区が明らかにした。ただ、23区には1000万人近い人口が集中しており、避難場所や避難手段の確保が課題だ。昨秋の台風19号でも一部の区が実施を検討したが見送っており、実行には多くのハードルがある。【安藤いく子、川村咲平、中山信】
受け入れ先確保に課題
アンケートは2019年11~12月、東京23区を対象に実施し、全区から回答を得た。広域避難計画があるかどうかを尋ねたところ、江東5区(墨田、江東、足立、葛飾、江戸川)と荒川、練馬の計7区が「ある」、文京、台東、大田の3区が「検討中」と答えた。残る13区は「なし」と回答した。
「ある」と「検討中」の10区は、区内を川が流れ、低地が広がっているところがほとんどだ。江東5区は大部分の土地が海面より低い「海抜ゼロ㍍地帯」。荒川や江戸川など多くの河川があり、大規模水害時にはほぼ全域が水没する恐れがある。このため、江東5区は18年、人口の9割超に当たる約250万人に区外への避難を呼び掛ける広域避難計画を発表した。
荒川が付近を流れる荒川区では、鬼怒川の堤防が決壊した15年の関東・東北豪雨で水害への危機感が高まった。翌16年、国土交通省が発表した荒川流域のハザードマップで区内のほぼ全域が浸水するとの想定が出たことで広域避難計画の検討を始め、この年に策定した。練馬区の計画は地震発生を想定したもので、水害に備えたものではないとしている。
これら10区については、広域避難を現実に行う際の課題も自由記述で尋ねた。その回答を分析すると、「避難先の確保」や「避難手段」を挙げたのが最多の6区に上った。江東5区では埼玉、茨城、千葉、神奈川方面などに避難すると計画で定めるが、「受け入れてくれる避難先を探している」(防災担当者)状況だ。荒川区でも隣接する北区や文京区方面へ避難するよう住民に呼び掛けているが、同様に具体的な避難先は決まっていないという。
また台風19号で被害が広域化したことを受け、「避難を想定している自治体の被災」を課題に挙げたのも3区あった。ある区の防災担当者は「広域災害は想定していなかった。台風19号で広域避難の前提が崩れ、実現が困難だと突きつけられた」と語った。
広域避難は大量に発生する避難者の受け入れが問題となっており、避難所が決まっていない自治体が少なくないとみられる。特に人口が集中する大都市には難しい。国と東京都が18年に設置した検討会でも、「避難場所の確保」と「避難手段の確保・避難誘導」が大きな課題として取り上げられている。
こうした課題に対応するため、検討会は3月末までに一定の方向性を取りまとめる方針だ。
台風時の移動、非現実的
江東5区は台風19号接近時、広域避難実施を検討した。2018年に策定した計画に基づいた対応で、検討作業も初の経験だった。
計画では、災害発生が予想される日の3日前に台風の中心気圧や予想雨量などが基準を超えた場合、広域避難の実施を検討する。台風19号では上陸3日前の10月9日の時点で基準(今後3日間の予想雨量で400㍉)に達していなかった。上陸前日の11日午後2時ごろ、気象庁から「荒川流域で11日昼から3日間の総雨量が400㍉を超える可能性がある」と連絡が入り、5区は検討に着手。電話で協議を開始した。
台風が接近していた翌12日朝には、今後3日間の総雨量が「500㍉」を超える可能性があると気象庁から再度連絡があり、水害の危険が高まっていた。一方、鉄道会社は朝から「計画運休」に基づいて列車の運行を順次中止していた。5区の計画では原則、鉄道か徒歩で避難することになっているが、昼ごろには首都圏のほぼ全域で運行がストップする。広域避難を呼び掛けるかどうか、各区は決断を迫られていた。
一部の区は広域避難の実施を主張したものの、計画運休が始まっていたこともあり、「車や徒歩で避難すれば、かえって危険」との判断に傾いた。5区が共同で広域避難を呼び掛けるには全区長の総意が条件のため、最終的な対応は各区に一任された。結局、足立区のみが自主的な広域避難を区民に呼び掛けるにとどまった。
今回の対応を踏まえ、江東区の山崎孝明区長は19年11月の記者会見で「実際に250万人もの住民が避難できるはずがない」と述べ、広域避難計画の実現性に疑問を呈した。5区長は19年12月に意見交換し、「広域避難のあり方を議論しつつ、上層階への垂直避難について検討を深める」との共同コメントを出した。広域避難にこだわらず、近隣の高い建物へ逃げることなどさまざまな避難方法を考えていくとみられる。
5区の計画策定に携わった東京大の片田敏孝特任教授は「全員の避難場所を行政が準備することは難しい。完璧でなくても、一人でも多くの命を救う備えが大切だ。区民も自主的に避難先を考えてほしい」と話している。
初実施の自治体 大渋滞、駐車場は満杯
台風19号では、初めて広域避難を実施した自治体もあったが、課題が浮かび上がった。埼玉県加須(かぞ)市では利根川の水位上昇に伴い、10月13日未明に実施した。ただ、市の想定を上回るスピードで水位が急上昇したため、避難勧告などを出せないまま、午前1~2時、住民の3割近い約3万人にいきなり避難指示を発令する形となった。8000人以上は利根川周辺から市南部に避難。利根川に架かる埼玉大橋周辺などは避難する住民の車で大渋滞し、通常なら車で20分程度の避難所まで3時間近くかかる場合もあった。駐車場が満杯で避難所に入れない住民も多数出た。市外へ避難した市民は約900人だった。
利根川の北側に位置する同市北川辺地域では堤防が決壊すると、全域で5㍍超の浸水が想定されている。自治会で防災を担当する寺本道郎さん(69)らは避難指示発令前に近所の人と車に分乗して避難した。その後、渋滞を見かねて仲間と交通整理に当たり、避難所の駐車場がいっぱいになれば市に連絡して臨時駐車場を設けてもらった。寺本さんは「避難所の収容人数など課題が浮き彫りになった。市とも協力し『逃げ遅れゼロ』を目指したい」と話す。
加須市北川辺地域から騎西地域方面に避難する住民らの車で混雑する埼玉大橋(奥)周辺の道路=2019年10月13日午前2時40分ごろ(加須市提供)
同じく利根川沿いにあり、堤防が決壊すれば9割の地域が浸水すると想定されている茨城県境町。10月12日夜と翌13日未明、避難勧告と避難指示を一部地域に発令した。町民の1割に当たる約2200人が、町が準備したバス11台やマイカーで、隣接する同県古河(こが)、坂東両市の高校2校へ避難した。だがマイカーで逃げる人が多く、渋滞が発生した。現場は想定される浸水が比較的浅いため歩いて逃げることもできるが、逃げ遅れを心配する住民もいたといい、橋本正裕町長は「不安を解消できるよう、想定される浸水の深さがどのくらいなのか視覚的に分かるように示したい」と語る。
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広域避難を検討した江東5区と台風19号に関する動き
◇2019年10月11日
10:45 JR東日本が12日午前9時から午後1時にかけて首都圏の在来線で計画運休を実施すると発表
14:00 気象庁が「荒川流域で11日昼から3日間の総雨量が400㍉を超える可能性がある」と5区に連絡。5区が広域避難の検討を開始
◇同12日
7:15 気象庁が「荒川流域の今後3日間の総雨量が500㍉超となる可能性がある」と5区に連絡
9:30 5区の担当者が広域避難を実施しないと最終判断
12:00 計画運休で首都圏の鉄道がほぼストップ
15:30 気象庁が東京都内に大雨特別警報を発表
19:00 台風19号が伊豆半島付近に上陸
※江東5区や気象庁への取材による
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ことば
広域避難
災害時に住んでいる自治体の外へ避難すること。2017年に米国を大型ハリケーンが襲った際、フロリダ州で600万人以上が広域避難したとされる。政府の中央防災会議の作業部会は東京、大阪、名古屋の3大都市圏で広域避難計画を策定するよう求めている。